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最長片道切符ルートの変遷 1961-2007


国鉄・JR最長片道切符のルートの変遷を整数計画問題としてエクセルのソルバーで解いた。 東大旅行研究会の4人組が最長片道切符旅行を行った1961年7月以降、現在までの46年間の最長ルートの変遷を示す。
目次
最長片道切符ルートの変遷
表1 最長片道切符ルートの変遷
図1 最長ルートの距離推移
図2 1961年の最長ルート
最長ルートの変遷
  • 国鉄・JR鉄道ネットワークの変遷
  • 枝の変遷
  • 最長ルート計算のケース分割
  • ブロックごとの最長ルート
  • 東日本ブロックルートの2パターン
  • 表2 国鉄・JR鉄道ネットワークの変遷
    表3 新駅の開設
    図3 西九州の枝の整理
    図4 フィルター4
    別表 区間キロの推移
    表4 東北・西日本のケース分割
    表5-1 東北のケース別最長ルート
    表5-2 西日本のケース別最長ルート
    表6 東日本の2パターン
    最長ルート探索の系譜
  • 東大旅研の最長ルート
  • 初期のルート探索者・旅行者たち
  • 最長片道切符の権威−光畑茂氏
  • 数学的に証明可能な最長ルート−葛西隆也氏
  • NHK放映で脚光を浴びる
  • 表7 最長ルートの探索者・旅行者
    図5 東大旅研の最長ルート
    図6 山田平八郎氏の最長ルート
    図7 種村直樹氏の最長ルート
    日暮里・鶴見問題
  • 問題の所在
  • 旅規の規定
  • 改訂履歴


    最長片道切符ルートの変遷

    探索方法は後述することにし、まずは結果を示す。表1は、ソルバーで求めた1961年以降の最長片道切符ルート(以下最長ルート)の変遷である。

    今回求めた最長ルートは、実際に乗車する距離が最長のルートではなく、乗車券面の距離(運賃計算に使用される営業キロ)が最長のルートである。 この両者は、旅客営業規則69条、70条の特定区間を通過するとき差が出る。 運賃最大を目指すならば、運賃計算キロの最長ルートとなるが、地方交通線も運賃計算キロ・擬制キロではなく営業キロで計算し、営業キロの最長ルートを求めた。 小倉−博多間の新幹線は、鹿児島本線とは別線とする解釈があり、これに基づいて最長切符が発券されたこともある。 しかしこの解釈は旅規の表記上の不備がもたらした解釈であり、規則の趣旨である同一路線と見做して算出した[1]

    後述するように北海道、九州及び本州の3ブロックの計5ブロックに分けてルート探索を行った。表1のブロック別鉄道キロは、この5ブロックのごとの鉄道営業キロであり、距離が増減したブロックを赤字で示した。

    表1のルートは北から南に記載しているが、1987年3月30日の羽幌線廃止までは、南北いずれの方向でも最長片道切符は発売された。羽幌線廃止により、音威子府が終着駅の6の字ルートととなり、最長片道ルートは南→北のルートだけになった。 1988年4月1日の松浦線の転換で、今度は九州側の肥前山口が6の字ルートの終着駅となった。 なお表1では、最長片道ルートが一方向だけとなった1987年3月30日以降の最長ルートの出発駅をS、終着駅をLで示した。
     
    表1 最長片道切符ルートの変遷
    日付 変更事由 キロ計 鉄道 航路 経路 ブロック別鉄道キロ
    北海道 東北 東日本 西日本 九州
    1961/04/13 古江線(古江−海潟)開業 12168.0 11967.0 201.0 広尾(広尾)帯広(根室)滝川(函館)旭川(宗谷)新旭川(石北)北見(池北)池田(根室)厚床(標津)中標津(標津)標茶(釧網)網走(湧網)中湧別(名寄)名寄(宗谷)音威子府(天北)南稚内(宗谷)幌延(羽幌)留萌(留萌)石狩沼田(札沼)桑園(函館)岩見沢(室蘭)伊達紋別(胆振)倶知安(函館)函館(青函航路)青森(奥羽)川部(五能)東能代(奥羽)大館(花輪)好摩(東北)盛岡(山田)釜石(花巻)花巻(東北)小牛田(石巻)石巻(仙石)仙台(仙山)羽前千歳(奥羽)秋田(羽越)坂町(米坂)今泉(長井)赤湯(奥羽)福島(東北)岩沼(常磐)平a(磐越東)郡山(磐越西)新津(羽越)新発田(白新)新潟(越後)吉田(弥彦)東三条(信越)直江津(北陸)糸魚川(大糸)松本(篠ノ井)篠ノ井(信越)豊野(飯山)越後川口(上越)新前橋(両毛)小山(東北)安積永盛(水郡)水戸(常磐)我孫子(成田)松岸(総武)成東(東金)大網(房総東b)安房鴨川(房総西c)蘇我(房総東b)千葉(総武)秋葉原(東北)神田(中央)代々木(山手)品川(東海道)鶴見(鶴見)浜川崎(南武)立川(中央)新宿(山手)田端(東北)日暮里(東北=尾久経由)大宮(川越)高麗川(八高)倉賀野(高崎)高崎(信越)小諸(小海)小淵沢(中央)八王子(横浜)東神奈川(東海道)国府津(御殿場)沼津(東海道)掛川(二俣)新所原(東海道)豊橋(飯田)辰野(中央)塩尻(中央)名古屋(関西)亀山(紀勢)和歌山d(和歌山)高田(桜井)奈良(関西)天王寺(大阪環状)京橋(片町)木津(関西)柘植(草津)草津(東海)岐阜(高山)富山(北陸)敦賀(小浜)西舞鶴(宮津)豊岡(山陰)京都(東海)尼崎(福知山)谷川(加古川)加古川(山陽)岡山(宇野)宇野(宇高航路)高松(高徳)佐古(徳島)阿波池田(土讃)多度津(予讃)堀江(仁堀航路)仁方(呉)三原(山陽)広島(芸備)塩町(福塩)福山(山陽)倉敷(伯備)新見(姫新)東津山(因美)鳥取(山陰)伯耆大山(伯備)備中神代(芸備)備後落合(木次)宍道(山陰)石見益田e(山口)小郡f(山陽)西宇部g(宇部)居能(小野田)小野田(山陽)厚狭(美祢)正明市h(山陰)幡生(山陽)門司(鹿児島)香椎(香椎)宇美(勝田)吉塚(鹿児島)博多(筑肥)伊万里(松浦)佐世保(佐世保)早岐(大村)諫早(長崎)鳥栖(鹿児島)原田(筑豊)直方(伊田)金田(糸田)後藤寺i(日田彦山)伊田j(田川)行橋(日豊)城野(日田彦山)香春(添田)添田(日田彦山)夜明(久大)久留米(鹿児島)熊本(豊肥)大分(日豊)都城(吉都)吉松(肥薩)八代(鹿児島)川内(宮之城)薩摩大口(山野)栗野(肥薩)隼人(日豊)西都城(志布志)志布志(古江k)海潟l図2 2289.6 1610.1 2791.2 3623.4 1652.7
    1962/06/10 北陸線(敦賀−今庄)改キロ 12160.9 11959.9 201.0   2289.6 1610.1 2791.2 3616.3 1652.7
    1962/07/18 佃駅(徳島線)開設 12150.7 11949.7 201.0 ・・・佐古(徳島)佃(土讃)多度津・・・ 2289.6 1610.1 2791.2 3606.1 1652.7
    1963/04/28 房総東線b(千葉-本千葉、土気-大網)改キロ 12150.3 11949.3 201.0   2289.6 1610.1 2790.8 3606.1 1652.7
    1963/05/08 日南線(南宮崎−北郷)開業 12186.1 11985.1 201.0 ・・・南宮崎(日南)志布志(志布志)西都城・・・隼人(日豊)鹿児島(鹿児島)西鹿児島m(指宿n)西頴娃Fig 1 2289.6 1610.1 2790.8 3606.1 1688.5
    1963/10/31 指宿枕崎線(西頴娃−枕崎)開業 12206.3 12005.3 201.0 ・・・西頴娃(指宿枕崎)枕崎 2289.6 1610.1 2790.8 3606.1 1708.7
    1963/12/01 鹿児島線(吉塚−博多−竹下)、筑肥線(博多−筑前簑島)改キロ 12205.8 12004.8 201.0   2289.6 1610.1 2790.8 3606.1 1708.2
    1964/10/01 東海道新幹線(東京-新大阪)開業 12321.3 12120.3 201.0 ・・・直江津(信越)豊野・・・品川(東海道)東京(東海道幹)小田原(東海道)沼津(御殿場)国府津(東海道)鶴見・・・大宮(高崎)倉賀野(八高)八王子(中央)甲府(身延)富士・・・辰野(中央)小淵沢(小海)小諸(信越)篠ノ井(篠ノ井)塩尻・・・ Fig 2 2289.6 1610.1 2908.8 3606.1 1708.2
    1965/03/01 関西線(八尾−杉本町)旅客営業開始、営業キロ設定 12331.2 12130.2 201.0 ・・・八尾(関西=阪和貨物)杉本町(阪和)天王寺・・・ Fig 3 2289.6 1610.1 2908.8 3616.0 1708.2
    1966/03/10 漆生線(漆生−嘉穂信−下山田)、上山田線(上山田−豊前川崎)開業 12370.1 12169.3 201.0 ・・・原田(筑豊)飯塚(上山田)豊前川崎(日田彦山)後藤寺i(後藤寺)新飯塚(筑豊)直方(伊田)伊田j・・・ Fig 4 2289.6 1610.1 2908.8 3616.0 1747.1
    1966/09/30 根室線(落合−新得)改キロ 12370.3 12375.1 201.0   2289.8 1610.1 2908.8 3616.0 1747.1
    1966/10/20 田沢湖線(赤渕−田沢湖)開業 12612.2 12411.2 201.0 ・・・青森(東北)好摩(花輪)大館(奥羽)川部(五能)東能代(奥羽)秋田(羽越)余目(陸羽西)新庄(奥羽)大曲(田沢湖)盛岡・・・羽前千歳(奥羽)米沢(米坂)坂町(羽越)新発田(白新)新潟(越後)柏崎(信越)新津(磐越西)郡山(東北)岩沼(常磐)水戸(水郡)安積永盛(東北)小山(水戸)友部・・・小諸(信越)高崎(上越)越後川口(飯山)豊野(信越)直江津(北陸)糸魚川(大糸)松本・・・ Fig 5 2289.8 1774.3 2984.0 3616.0 1747.1
    1967/10/01 関西線(八尾−杉本町)旅客営業廃止 12602.3 12401.3 201.0 ・・・八尾(関西)天王寺・・・ 2289.8 1774.3 2984.0 3606.1 1747.1
    1968/05/25 篠栗線(篠栗−桂川)開業 12612.3 12411.3 201.0 ・・・吉塚(篠栗)桂川・・・久留米(鹿児島)博多(筑肥)伊万里(松浦)佐世保(佐世保)早岐(大村)諫早(長崎)佐賀(佐賀)瀬高・・・ Fig 6 2289.8 1774.3 2984.0 3606.1 1757.1
    1968/09/01 東北線(全線)改キロ 12610.7 12409.7 201.0   2289.8 1772.7 2984.0 3606.1 1757.1
    1969/10/01 函館線(伊能−近文)、身延線(富士−竪堀)、北陸線(全線)改キロ 12609.0 12408.0 201.0   2287.8 1772.7 2984.3 3606.1 1757.1
    1969/12/01 草津線(手原−草津)改キロ 12608.8 12407.8 201.0   2287.8 1772.7 2984.3 3605.9 1757.1
    1971/08/29 只見線(只見−大白川)開業 12672.7 12471.7 201.0 ・・・余目(羽越)坂町(米坂)米沢(奥羽)新庄・・・仙台(東北)郡山・・・小出(只見)会津若松(磐越西)新津(羽越)新発田(白新)新潟(越後)柏崎(信越)宮内(上越)越後川口・・・ Fig 7 2287.8 1697.0 3123.9 3605.9 1757.1
    1972/03/15 山陽新幹線(新大阪−岡山)開業。和歌山線(田井ノ瀬−和歌山)開業、(田井ノ瀬−紀和)廃止 12765.8 12564.8 201.0 ・・・和歌山(和歌山)田井ノ瀬・・・新大阪(山陽幹)西明石(山陽)神戸(東海)尼崎・・・ Fig 8 2287.8 1697.0 3123.9 3699.0 1757.1
    1972/06/19 札沼線(新十津川−石狩沼田)廃止 12678.3 12477.3 201.0 ・・・帯広(根室)富良野(富良野)旭川・・・深川(函館)岩見沢(室蘭)沼ノ端(千歳)苗穂(函館)倶知安(胆振)伊達紋別(室蘭)長万部・・・ Fig 9 2200.3 1697.0 3123.9 3699.0 1757.1
    1972/09/09 大隅線(海潟温泉−国分)開業 12777.7 12576.7 201.0 ・・・志布志(大隅)国分(日豊)都城・・・ Fig 10 2200.3 1697.0 3123.9 3699.0 1856.5
    1973/04/01 武蔵野線(府中本町−新松戸)開業 12799.7 12598.7 201.0 ・・・田端(東北)赤羽(東北)日暮里(常磐)新松戸(武蔵野)南浦和・・・ Fig 11 2200.3 1697.0 3145.9 3699.0 1856.5
    1973/04/09 根岸線(洋光台−大船)開業 12804.1 12603.1 201.0 ・・・大船(根岸)横浜・・・ Fig 12 2200.3 1697.0 3150.3 3699.0 1856.5
    1973/09/01 伊勢線開業。69条特定区間設定 12795.1 12594.1 201.0 ・・・河原田(伊勢)津・・・ 2200.3 1697.0 3150.3 3690.0 1856.5
    1973/09/09 千歳線路線変更、改キロ 12792.7 12591.7 201.0   2197.9 1697.0 3150.3 3690.0 1856.5
    1974/03/01 予土線(江川崎−若井)開業 12955.3 12754.3 201.0 ・・・佃(土讃)窪川(中村)若井(予土)北宇和島(予讃)堀江・・・ Fig 13 2197.9 1697.0 3150.3 3852.6 1856.5
    1974/07/20 湖西線開業 13032.0 12831.0 201.0 ・・・草津(東海)山科(湖西)近江塩津(北陸)米原(東海)岐阜・・・ Fig 14 2197.9 1697.0 3150.3 3929.3 1856.5
    1975/08/31 三江線(浜原−口羽)開業 13188.8 12987.8 201.0 ・・・姫路(姫新)東津山(因美)鳥取(山陰)伯耆大山(伯備)備中神代(芸備)備後落合(木次)宍道(山陰)江津(三江)三次(芸備)塩町(福塩)福山(山陽)倉敷(伯備)新見(姫新)津山(津山)岡山・・・広島(山陽)小郡(山口)益田(山陰)長門市(美祢)厚狭(山陽)幡生・・・ Fig 15 2197.9 1697.0 3150.3 4086.1 1856.5
    1977/12/11 気仙沼線(柳津−本吉)開業 13260.7 13059.7 201.0 ・・・一ノ関(大船渡)気仙沼(気仙沼)前谷地・・・ 2197.9 1768.9 3150.3 4086.1 1856.5
    1978/10/02 武蔵野線(新松戸−西船橋)開業 13267.2 13066.2 201.0 ・・・西船橋(武蔵野)新松戸(常磐)日暮里(東北)赤羽(赤羽)池袋(山手)新宿(中央)西国分寺(武蔵野)南浦和・・・拝島(青梅)立川(南武)浜川崎(鶴見)鶴見(東海道)品川(山手)代々木(中央)神田(東北)秋葉原(総武)錦糸町(総武)東京(東海道幹)小田原(東海道)沼津(御殿場)国府津(東海道)茅ヶ崎(相模)橋本(横浜)八王子・・・ Fig 16 2197.9 1768.9 3156.8 4086.1 1856.5
    1980/10/01 東海道線(品川−新川崎−鶴見)旅客営業開始。中央線(信濃境−富士見)改キロ 13269.9 13068.9 201.0 ・・・鶴見(東海道=品鶴)品川・・・ Fig 17 2197.9 1768.9 3159.5 4086.1 1856.5
    1981/10/01 石勝線(千歳空港(現南千歳)−追分、新夕張−新得)開業 13361.1 13160.1 201.0 様似(日高)苫小牧(室蘭)沼ノ端(千歳)千歳空港o(石勝)新得・・・岩見沢(函館)倶知安・・・ Fig 18 2289.1 1768.9 3159.5 4086.1 1856.5
    1981/11/01 仙石線(西塩釜−陸前浜田)改キロ 13360.9 13159.9 201.0   2289.1 1768.7 3159.5 4086.1 1856.5
    1982/05/17 中央線(小野−塩尻、塩尻−洗馬、上松−木曽福島)、篠ノ井線(塩尻−広丘)改キロ 13360.1 13159.3 201.0   2289.1 1768.7 3159.0 4085.8 1856.5
    1982/06/23 東北新幹線(大宮-盛岡)開業 13423.5 13222.5 201.0 ・・・仙台(東北幹)福島(東北)岩沼(常磐)平・・・(なお仙台まで、前谷地(石巻)小牛田(陸羽東)古川(東北幹)仙台というルートでも営業キロは同じ) Fig 19 2289.1 1917.7 3073.4 4085.8 1856.5
    1982/07/01 仁堀航路廃止 12724.4 12611.4 113.0 ・・・西舞鶴(舞鶴)綾部・・・谷川(福知山)福知山(山陰)鳥取(因美)東津山(姫新)姫路(山陽)岡山(津山)津山(姫新)新見(伯備)倉敷(山陽)福山(福塩)塩町(芸備)備中神代(伯備)伯耆大山(山陰)江津(三江)三次(芸備)広島・・・ Fig 20 2289.1 1917.7 3073.4 3474.7 1856.5
    1982/11/15 上越新幹線開業 12782.3 12669.3 113.0 ・・・新津(信越)長岡(上越幹)新潟(越後)柏崎(信越)宮内・・・ Fig 21 2289.1 1917.7 3131.3 3474.7 1856.5
    1983/03/22 筑肥線(山本−唐津、唐津−虹ノ松原)開業、(博多−姪浜、虹ノ松原−山本)廃止、(今宿−姪浜)改キロ 12572.0 12459.0 113.0 ・・・小倉(日豊)城野(日田彦山)香春・・・久留米(鹿児島)水俣(山野)薩摩大口(宮之城)川内(鹿児島)鹿児島(日豊)隼人(肥薩)吉松(吉都)都城(日豊)国分(大隅)志布志(日南)南宮崎(日豊)行橋(田川)田川伊田(伊田)直方(筑豊)折尾(鹿児島)香椎(香椎)宇美(勝田)吉塚(篠栗)桂川(筑豊)原田(鹿児島)鳥栖(長崎)諫早(大村)早岐(佐世保)佐世保(松浦)伊万里(筑肥)姪浜 Fig 22 2289.1 1917.7 3131.3 3474.7 1646.2
    1983/07/05 中央線(岡谷−みどり湖−塩尻)開業 12573.3 12460.3 113.0 ・・・平(磐越東)郡山(磐越西)新津(信越)長岡(上越幹)新潟(越後)柏崎(信越)宮内(上越)越後川口(飯山)豊野(信越)直江津(北陸)糸魚川(大糸)松本(篠ノ井)篠ノ井(信越)高崎(上越幹)越後湯沢(上越)新前橋(両毛)小山(東北)安積永盛(水郡)水戸(常磐)友部・・・辰野(中央)岡谷(中央)塩尻(中央)多治見・・・ Fig 23 2289.1 1917.7 3132.6 3474.7 1646.2
    1984/02/01 伯備線(井倉−石蟹)改キロ 12572.1 12459.1 113.0   2289.1 1917.7 3132.6 3473.5 1646.2
    1985/04/01 勝田線、添田線、漆生線廃止 12551.3 12438.3 113.0 ・・・田川伊田(田川)行橋(日豊)南宮崎(日南)志布志(大隅)国分(日豊)都城(吉都)吉松(肥薩)隼人(日豊)鹿児島(鹿児島)川内(宮之城)薩摩大口(山野)水俣(鹿児島)久留米(久大)夜明(日田彦山)豊前川崎(上山田)飯塚(筑豊)新飯塚(後藤寺)田川後藤寺(糸田)金田・・・香椎(鹿児島)吉塚・・・ Fig 24 2289.1 1917.7 3132.6 3473.5 1625.4
    1985/09/30 東北線(赤羽−武蔵浦和−大宮)開業 12577.6 12464.6 113.0 ・・・西船橋(総武)秋葉原(東北)日暮里(常磐)新松戸(武蔵野)南浦和(東北)田端(山手)新宿(中央)西国分寺(武蔵野)武蔵浦和(東北)大宮・・・神田(東北)東京・・・ Fig 25 2289.1 1917.7 3158.9 3473.5 1625.4
    1986/08/01 福知山線(生瀬−道場)改キロ 12575.8 12462.8 113.0   2289.1 1917.7 3158.9 3471.7 1625.4
    1986/11/01 胆振線廃止 12519.3 12406.3 113.0 ・・・倶知安(函館)長万部・・・ Fig 26 2232.6 1917.7 3158.9 3471.7 1625.4
    1987/01/10 宮之城線廃止 12483.5 12370.5 113.0 ・・・川内(鹿児島)水俣・・・ Fig 27 2232.6 1917.7 3158.9 3471.7 1589.6
    1987/03/14 大隅線廃止 12425.3 12312.3 113.0 ・・・志布志(志布志)西都城(日豊)鹿児島(鹿児島)水俣(山野)栗野(肥薩)八代・・・ Fig 28 2232.6 1917.7 3158.9 3471.7 1531.4
    1987/03/15 二俣線譲渡 12410.5 12297.5 113.0 ・・・掛川(東海道))新所原・・・ Fig 29 2232.6 1917.7 3144.1 3471.7 1531.4
    1987/03/20 湧網線廃止 12231.6 12118.6 113.0 ・・・新得(根室)厚床(標津)中標津(標津)標茶(釧網)網走(石北)新旭川(宗谷)名寄・・・深川(函館)滝川(富良野)富良野(根室)滝川・・・ Fig 30 2053.7 1917.7 3144.1 3471.7 1531.4
    1987/03/27 志布志線廃止。伊勢線譲渡、69条特定区間廃止 12162.9 12049.9 113.0 ・・・河原田(関西)亀山(伊勢)津・・・南宮崎(日豊)西都城・・・ Fig 31 2053.7 1917.7 3144.1 3480.7 1453.7
    1987/03/30 羽幌線廃止 11937.2 11824.2 113.0 L音威子府(天北)南稚内(宗谷)名寄(深名)深川(函館)滝川(根室)富良野(富良野)旭川(宗谷)新旭川(石北)網走(釧網)標茶(標津)中標津(標津)厚床(根室)新得(石勝)追分(室蘭)沼ノ端(千歳)白石・・・姪浜S Fig 32 1828.0 1917.7 3144.1 3480.7 1453.7
    1988/01/31 山野線廃止 11891.0 11778.0 113.0 ・・・都城(吉都)吉松(肥薩)隼人(日豊)鹿児島(鹿児島)八代・・・ Fig 33 1828.0 1917.7 3144.1 3480.7 1407.5
    1988/03/13 海峡線開業。新富士駅(東海道新幹線)開設 11968.3 11968.3   ・・・五稜郭(江差)木古内(海峡)中小国(津軽)青森・・・錦糸町(総武)東京(東海道)品川(山手)代々木(中央)神田 (東北)秋葉原・・・鶴見(東海道)横浜(根岸)大船(東海道)国府津(御殿場)沼津(東海道)富士(身延)甲府(中央)八王子(横浜)新横浜(東海道幹)小田原(東海道)三島(東海道幹)静岡・・・ Fig 34 1950.2 1949.1 3180.8 3480.7 1407.5
    1988/04/01 松浦線譲渡 11820.3 11820.3   ・・・早岐(佐世保)大町S(または・・・早岐(大村)諫早(長崎)肥前白石SFig 35 1950.2 1949.1 3180.8 3480.7 1259.5
    1988/04/30 篠ノ井線(明科−西条)改キロ 11819.6 11819.6     1950.2 1949.1 3180.1 3480.7 1259.5
    1988/08/31 上山田線廃止 11809.9 11809.9   ・・・豊前川崎(日田彦山)田川後藤寺(後藤寺)新飯塚(筑豊)直方・・・ Fig 36 1950.2 1949.1 3180.1 3480.7 1249.8
    1988/12/01 京葉線(新木場-南船橋、千葉港−蘇我、市川塩浜−西船橋)開業 11818.2 11818.2   ・・・蘇我(京葉)市川塩浜(京葉)西船橋・・・ Fig 37 1950.2 1949.1 3188.4 3480.7 1249.8
    1989/03/05 山陰線(嵯峨−馬堀)改キロ 11816.6 11816.6     1950.2 1949.1 3188.4 3479.1 1249.8
    1989/03/11 片町線(大住−長尾)改キロ 11816.5 11816.5     1950.2 1949.1 3188.4 3479.0 1249.8
    1989/04/20 福塩線(河佐−備後三河)改キロ 11815.1 11815.1     1950.2 1949.1 3188.4 3477.6 1249.8
    1989/04/30 標津線廃止 11678.3 11678.3   ・・・東釧路(釧網)標茶・・・ Fig 38 1813.4 1949.1 3188.4 3477.6 1249.8
    1989/05/01 名寄線、天北線廃止 11580.2 11580.2   S様似(日高)苫小牧(室蘭)沼ノ端(千歳)千歳空港(石勝)新得(根室)東釧路(釧網)網走(石北)新旭川(宗谷)名寄(深名)深川(函館)旭川(富良野)富良野(根室)滝川(函館)・・・(佐世保線)肥前山口L Fig 38-2  1710.2 1949.1 3188.4 3477.6 1254.9
    1989/10/01 田川線、伊田線、金田線譲渡 11545.4 11545.4   ・・・城野(日豊)行橋・・・ Fig 39 1813.4 1949.1 3188.4 3477.6 1220.1
    1990/03/10 京葉線(東京−新木場)開業 11562.7 11562.7   ・・・我孫子(常磐)新松戸(武蔵野)南浦和(東北)赤羽(東北)池袋(山手)田端(東北)秋葉原(総武)佐倉(成田)成田・・・南船橋(京葉)東京(東北)神田(中央)代々木(山手)新宿・・・尻手(南武)川崎(東海道)品川(東海道=品鶴)鶴見・・・ Fig 40 1710.2 1949.1 3205.7 3477.6 1220.1
    1991/10/22 根室線(島ノ下−富良野)改キロ 11567.5 11567.5     1707.2 1949.1 3205.7 3477.6 1220.1
    1994/11/01 室蘭線(志文−岩見沢)改キロ 11569.2 11569.2     1708.9 1949.1 3205.7 3477.6 1220.1
    1995/09/04 深名線廃止 11454.0 11454.0   S稚内(宗谷)新旭川(石北)網走(釧網)東釧路(根室)新得(石勝)追分(室蘭)岩見沢・・・ Fig 41 1601.5 1949.1 3205.7 3477.6 1220.1
    1997/03/22 磐越西線(磐梯熱海−上戸)改キロ 11453.4 11453.4   ・・・いわき(常磐)水戸(水郡)安積永盛(東北)小山(水戸)友部・・・岡谷(中央)小淵沢(小海)小諸(信越)高崎(上越)小出(只見)会津若松(磐越西)新津(信越)長岡(上越幹)新潟(越後)柏崎(信越)宮内(上越)越後川口(飯山)豊野(信越)直江津(北陸)糸魚川(大糸)松本(篠ノ井)塩尻・・・ Fig 42 1601.5 1949.1 3205.1 3477.6 1220.1
    1997/10/01 長野新幹線開業、信越線(横川−軽井沢)廃止、信越線(軽井沢−篠ノ井)譲渡 11473.5 11473.5   ・・・いわき(磐越東)郡山(磐越西)新津(信越)長岡(上越幹)新潟(越後)柏崎(信越)宮内(上越)越後川口(飯山)豊野(信越)直江津(北陸)糸魚川(大糸)松本(篠ノ井)長野(長野幹)高崎(上越幹)越後湯沢(上越)新前橋(両毛)小山(東北)安積永盛(水郡)水戸(常磐)友部・・・岡谷(中央)塩尻・・・ Fig 43 1601.5 1949.1 3225.2 3477.6 1220.1
    2000/03/11 仙石線改キロ 11473.5 11473.5   ・・・前谷地(石巻)小牛田(陸羽東)古川(東北幹)仙台・・・(前谷地・仙台間の2ルート並存終了) 1601.5 1949.1 3225.2 3477.6 1220.1
    2001/04/01 飯田線(川路−時又)改キロ 11473.4 11473.4     1601.5 1949.1 3225.1 3477.6 1220.1
    2002/10/21 北陸線(森本−東金沢)改キロ 11473.3 11473.3     1601.5 1949.1 3225.1 3477.6 1220.1
    2002/12/01 東北新幹線(盛岡-八戸)開業、東北線(盛岡・八戸)譲渡 11180.7 11180.7   ・・・八戸(東北幹)盛岡(山田)釜石(釜石)花巻(東北)北上(北上)横手(奥羽)秋田(羽越)坂町(米坂)米沢(奥羽)新庄(陸羽東)小牛田(東北)一ノ関(大船渡)気仙沼(気仙沼)前谷地(石巻)石巻(仙石)仙台・・・ Fig 44 1601.5 1656.5 3225.1 3477.6 1220.1
    2004/03/13 九州新幹線(新八代−鹿児島中央)開業、鹿児島線(八代−川内)譲渡。大阪環状線、70条特定区間から削除 11161.2 11161.2   ・・・川内(九州幹)新八代・・・ 1601.5 1656.5 3225.1 3486.2 1191.9
    2007/03/18 和歌山線(吉野口−五条)改キロ 11160.8 11160.8     1601.5 1656.5 3225.1 3485.8 1191.9

    図1に1961年から現在までの最長ルートの距離の推移をグラフで示す。 1982年6月23日の東北新幹線開業により、最長ルートは、歴代最長の13,423.5キロを記録したが、1週間後の仁堀航路廃止により、四国がルートから外れたため、一挙に700キロ以上短縮された。 分割民営化直前の1987年3月27日、志布志線廃止により、1961年の距離を下回り、3月30日には、羽幌線廃止により、12,000キロを割り込んだ。

    図1 最長ルートの距離推移

    1961年時点の最長ルートを路線図で示す。

    図2 1961年の最長ルート

    最長ルートの変遷

    1961年以降現在にいたる最長ルートの変遷を路線図で示す。

    ●1963年5月8日 日南線全通
     日南線北郷−志布志間が開業し、九州の発着駅が指宿線の西頴娃に変更となり、距離が12186.1キロに伸びた。 以前のルートとの比較をFig 1に示す。 なお、ルートの表示は、が新ルート、が旧ルート、が共通ルートである。 1963年10月31日指宿線は枕崎まで延長され指宿枕崎線と改称。最長ルートの発着駅は枕崎となった。

    ●1964年10月1日 東海道新幹線開業
     東海道新幹線が開業、東京−小田原間が新在別線区間となった。これによりFig 2のとおり東日本のルー トが大幅に変更になり、17.3キロ増加した。名古屋−米原間が別線となった西日本のルートには変化がなかった。

    ●1965年3月1日 関西線阪和貨物支線旅客営業開始
     ダイヤ改正で名古屋・東和歌山(現和歌山)間を関西線・阪和線経由で結ぶ特急「あすか」が1日1往復新設された。 「あすか」は、天王寺を経由せず、八尾・杉本町間の貨物線を通過した。この短絡線に旅客運賃計算用の営業キロが設定されたので、従来の八尾−天王寺を八尾−杉本町−天王寺とすることにより(Fig 3)、最長片道切符の距離が9.9キロ伸びた。 「あすか」は杉本町に停車せず、杉本町・東和歌山間の区間外乗車制度もなかったので、この区間を乗車するには、杉本町・東和歌山間の往復乗車券を別途用意する必要があった。

    ●1966年3月10日 漆生線開業・上山田線延伸
     漆生線(漆生−嘉穂信−下山田)、上山田線(上山田−豊前川崎)が開業し、Fig 4のとおり北九州のルートが変更となり、38.9キロ延長。

    ●1966年10月20日 田沢湖線開業
     盲腸線の橋場線と生保内線を結ぶ田沢湖線が開業し、Fig 5のとおり東北地方のルートが大幅に変更となった。最長ルートは、東北→東日本→東北→東日本というコースを取り、両ブロックをつなぐ3本の枝をすべて通過する。 新規開業区間は赤渕−田沢湖の18.1キロだったが、最長ルートは一挙に200キロ以上増加した。

    ●1967年10月1日 関西線阪和貨物支線線旅客営業廃止
     ダイヤ改正で、特急「あすか」が廃止され、八尾・杉本町間の旅客営業も廃止された。このため、最長ルートは、八尾−天王寺に戻り、9.9キロ短縮となった。

    ●1968年5月25日 篠栗線延伸
     篠栗線が桂川まで延伸し筑豊本線とつながったことにより、九州北部のルートがFig 6のとおり大幅に変更となった。ただし、距離は10キロ延長しただけである。

    ●1971年8月29日 只見線延伸
     只見線の只見−大白川間の開業により、東北・東日本のルートがFig 7のとおり大幅に変更となり、一挙に100キロ延長した。1966年10月以来の東北ブロックと東日本ブロックを行き来するルート から、それぞれのブロック内で完結するルートに戻った。東日本ブロックは、郡山−平から南下し豊橋に至り、只見線を経由して新発田まで引き返すルートとなった。 これ以降東日本のルートは、このパターンと平−郡山−新津と只見線を経由しないパターンを交互に繰り返すことになる。

    ●1972年3月15日 山陽新幹線岡山開業・和歌山線経路変更
     山陽新幹線の岡山開業で、新大阪・西明石間が新在別線区間となり西日本のルートがFig 8のように変更された。 また和歌山線のルート変更により、この区間の距離が短縮となった。

    ●1972年6月19日 札沼線(新十津川−石狩沼田)廃止
    Fig 9のようにルートが変更となり、北海道のルートが87.5キロ短縮した。

    ●1972年9月9日 大隅線(海潟温泉−国分)開業
    Fig 10のように変更となり、九州のルートが一挙に100キロ近く伸びた。

    ●1973年4月1日 武蔵野線(府中本町−新松戸)開業(Fig 11)

    ●1973年4月9日 根岸線(洋光台−大船)開業(Fig 12)

    ●1973年9月1日 伊勢線開業
     関西本線と紀勢本線を結ぶ短絡線として、伊勢線河原田・津間(戸籍上は、南四日市・津間)が開業した。 同時に、河原田・津間が69条特定区間に指定され、亀山経由でも伊勢線経由の営業キロで運賃・料金を計算することとなったため、距離が9.0キロ短縮となった。

    ●1974年3月1日 予土線開業
     予土線の開業により四国内のルートが高知県に足を踏み入れ(Fig 13)、160キロ 以上伸びた。 これにより、最長片道切符の旅が始めて鉄道のない沖縄を除く全都道府県を通過することとなった。

    ●1974年7月20日 湖西線開業 (Fig 14)

    ●1975年8月31日 三江線全通
     中国地方のルートがFig 15のとおり、大幅に変更になり、150キロ延長した。

    ●1977年12月11日 気仙沼線(柳津−本吉)開業
     一ノ関・前谷地間のルートが変更になった(Fig 16)。

    ●1978年10月2日 武蔵野線(新松戸−西船橋)
     武蔵野線新松戸−西船橋間の開業により、関東地方のルートが大きく変わった(Fig 17)。 宮脇俊三氏が『最長片道切符の旅』(新潮社、1979年10月)を行ったのは、この時点である。 今回求めたルートは、宮脇氏のものと完全に一致した(なお、『最長片道切符の旅』冒頭の路線図には、乗車キロ13,319.4キロと書かれているが、これは特定区間を実際に乗車したルートで計算したもので、券面距離は13,267.2キロである)。

    ●1980年10月1日 東海道線(品川−新川崎−鶴見)旅客営業開始
     旅客営業を開始した品鶴線新川崎経由とすることにより鶴見-品川間が2.9キロ延びたが、同時に中央線信濃境−富士見の改キロ(-0.2キロ)があり、2.7キロの延長にとどまった。 なお、鶴見線から新川崎方面へは鶴見駅で乗り換えられないので、鶴見乗換えの通し切符は発売されないという議論があるが、これについては後述する。

    ●1981年10月1日 石勝線(千歳空港(現南千歳)−追分、新夕張−新得)開業
     北海道のルートが大幅に変更になり、起点が広尾から様似に変った(Fig 18)。 距離も札沼線新十津川−石狩沼田間廃止以前のレベルに回復した。

    ●1982年6月23日 東北新幹線(大宮-盛岡)開業
     福島−仙台間が新在別線となり、「仙台−福島−岩沼−平」というルートが可能となったため、東北地方の距離が大幅に増加した(Fig 19)。 東北ブロックと東日本ブロックの接続駅は、郡山から平に変った。 なお、前谷地−仙台間は、[前谷地(石巻)石巻(仙石)仙台]と[前谷地(石巻)小牛田(陸羽東)古川(東北幹)仙台]の2ルートが等距離で、選択可能となった。

     この日から1週間後の仁堀航路廃止まで、最長片道切符の距離は13,423.5キロと史上最長だった。 この史上最長の最長片道切符旅行が実行できたか、当時の時刻表で調べてみた。 枕崎を6月23日の5:10発の1番列車で出発すると、23日都城、24日大分、25日佐世保、26日新飯塚、27日益田と進み、最終運航日前日の6月28日に仁堀連絡船で四国に渡ることができた。

    ●1982年7月1日 仁堀航路廃止
     四国へのルートが宇高連絡線だけになり、四国が最長片道切符のルートから外れ、中国地方のルートも大きく変化した(Fig 20)。 宮脇氏の『最長片道切符の旅』文庫版あとがきに書かれているように、実乗距離最長ルートと券面距離最長ルートとが異なることになった。 実乗最長は呉線を経由するルートだが、三原・海田市間は69条特定区間のため、運賃は山陽本線経由で計算され、券面距離は短くなる。

    ●1982年11月15日 上越新幹線開業
     長岡・新潟間が新在別線となり、新潟付近のルートが変った(Fig 21)が、小幅な変更にとどまった。

    ●1983年3月22日 筑肥線経路変更
     筑肥線博多−姪浜間が廃止され(廃止区間は福岡市営地下鉄に乗り入れ)、西九州へのルートが佐賀−久保田間の1本だけになった。 これにより九州内のルートが大幅に変更(Fig 22)となり、起終点が枕崎から姪浜になった。距離も200キロ以上の短縮となった。

    ●1983年7月5日 中央線(岡谷−みどり湖−塩尻)開業
     わずか11.7キロの新線開業が、東日本ブロックの大幅なルート変更をもたらした(Fig 23)。 平−郡山−新津ルートが復活した。

    ●1985年4月1日 勝田線、添田線、漆生線廃止
     北九州のルートがFig 24のとおり変更になった。南九州のルートは同じだったが、進行方向が逆転した。

    ●1985年9月30日 東北線(赤羽−武蔵浦和−大宮)開業
     いわゆる「埼京線」の開業により、東京周辺のルートが変更となった(Fig 25)。

    ●1986年11月1日 胆振線廃止 (Fig 26)

    ●1987年1月10日 宮之城線廃止 (Fig 27)
     ともに迂回していた廃止路線を直進するだけの局部的なルート変更にとどまった。

    ●1987年3月14日 大隅線廃止
     変更はFig 28のとおり南九州全域に及んだ。

    ●1987年3月15日 二俣線譲渡 (Fig 29)

    ●1987年3月20日 湧網線廃止
     北海道のルートが大きく変り(Fig 30)、180キロの短縮となった。

    ●1987年3月27日 志布志線廃止・伊勢線譲渡
     伊勢線の第3セクター転換により69条特定区間も廃止され、亀山経由に戻った。 志布志線の廃止により、日南線が再び盲腸線となり、南宮崎−西都城間を日豊線で短絡することになった(Fig 31)。

    ●1987年3月30日 羽幌線廃止
     羽幌線が廃止になり、道南の盲腸線の行き止まり駅を起終点として、天北線で南稚内に至り、羽幌線で道南に戻るルートが途絶えた。かわって、分岐駅である音威子府が名寄(宗谷または天北)南稚内(天北または宗谷)音威子府というルートで北海道の終点となった(Fig 32)。音威子府は、後述する葛西氏のタイプPの終点であるため逆ルートでは片道切符にならず、これから89年5月1日までの約2年間、片道最長切符は九州発になる。

    ●1988年1月31日 山野線廃止
     南九州の路線がFig 33のとおり変更になった。

    ●1988年3月13日 海峡線開業・新富士駅(東海道新幹線)開設
     海峡線の開業と新富士駅設置による三島・静岡間の新在別線化により、仁堀航路の廃止以来低落しつづけてきた距離が久々に増加した。 新富士駅の開業は関東・東海ルートの大幅な変更をもたらした(Fig 34)。

    ●1988年4月1日 松浦線譲渡
     松浦線の転換により、九州の起点が姪浜から肥前山口に変更となった。北海道と九州の両端がともにタイプPとなり、肥前山口発では片道切符の要件を満たさなくなった。そのため、音威子府または肥前山口のどちらかの最寄隣接駅までの区間を最長ルートから切断して、最短営業キロの隣接駅を起点にする必要がある(タイプPn)。音威子府の最寄隣接駅である天北線の隣接駅上音威子府は5.4キロ(宗谷本線の筬島は6.3キロ)に比べ、肥前山口の隣接駅である大町または肥前白石(いずれも肥前山口まで5.1キロ)の方が短いので、大町または肥前白石が出発駅になった(Fig 35)。

    ●1988年8月31日 上山田線(豊前川崎−飯塚)廃止
     筑豊のルートがFig 36のように変更となった。

    ●1988年12月1日 京葉線(新木場-南船橋、千葉港−蘇我、市川塩浜−西船橋)開業
     蘇我から西船橋間が新線に移行した局部的なルート変更にとどまった(Fig 37)。

    ●1989年4月30日 標津線廃止
     東釧路−標茶間のルートが厚床・中標津経由の迂回ルートから釧網線経由の短絡ルートになり、一挙に140キロ短縮した。

    ●1989年5月1日 名寄線、天北線廃止
     天北線の廃止により北海道の終端がタイプLの様似に戻り、九州の終端駅がタイプPeでも片道切符の要件を満たすことになった。最長ルートは、今度は北海道発の北→南ルートとなり、肥前山口が終着駅となった(Fig 38)。

    ●1989年10月1日 田川線、伊田線、金田線譲渡
     三線の平成筑豊鉄道への譲渡により、北九州のルートが変更となり(Fig 39)、35キロ弱の短縮となった。

    ●1990年3月10日 京葉線(東京−新木場)開業
     首都圏のルートが大きく変った(Fig 40)。 房総ルートはこれまで我孫子から成田に入っていたが、秋葉原から総武線を西進し、房総を一周、京葉線で東京にルートに戻るようになった。

    ●1995年9月4日 深名線廃止
     深名線の廃止により起点が様似から稚内に変更になり(Fig 41)、距離は100キロ強短縮となった。

    ●1997年3月22日 磐越西線改キロ
     磐梯熱海−上戸の改キロ(-0.7キロ)によって、東日本のルートがルートが平−水戸−安積永盛ルートに変更になった(Fig 42)。 従来のルートとの距離の差は、わずか0.1キロで、改キロがルート変更をもたらした唯一の例である。

    ●1997年10月1日 長野新幹線開業
     従来の信越線と北陸新幹線の距離の差によって、半年あまりで、平−郡山−新津ルートに戻った(Fig 43)。

    ●2000年3月11日 仙石線改キロ
     仙台−陸前小野の改キロによって、前谷地−仙台間の2ルートのうち[前谷地(石巻)石巻(仙石)仙台]ルートが0.6キロ短縮となり、[前谷地(石巻)小牛田(陸羽東)古川(東北幹)仙台]のみになった。

    ●2002年12月1日 東北新幹線(盛岡-八戸)開業
     好摩−盛岡間がJRから外れたのが大きく影響し、東北のルートが大幅に変更(Fig 44)。 一挙に300キロ近い短縮となった。

    ●2004年3月13日 九州新幹線開業。大阪環状線、70条特定区間から削除
     新八代−川内間に実キロを採用した九州新幹線の開業により、九州の距離が30キロ弱短縮された。一方、大阪環状線が70条特定区間から外れ、大阪−天王寺間のみ69条特定区間になった。 これにより、従来天王寺−西九条−京橋と乗車しても鶴橋経由の最短距離で計算されていたのが、乗車経路どおりの営業キロによる計算となり、8.9キロ増加した。


    最長ルートの探索

    最長片道切符のルートは、分岐駅間に「枝」(=0または1をとる変数Hと距離L)を設定し、通過する枝の距離の合計Σ(H x L)の最大値を求める整数計画問題として解くことができる。葛西隆也氏の「最長片道きっぷの経路を求める」には、整数計画問題としてJRの片道最長切符のルートを求めた解法が報告されている。 また、最長切符の整数計画問題をエクセルのソルバーで解く方法は、近藤英明氏の「EXCELによる最長片道ルート探索」に記載されている。近藤氏のサイトから、2005年時点の本州のエクセルファイルがダウンロードできる。

    今回のエクセルソルバーによる最長ルート探索は、次の通り5ブロックにわけて行った。

  • 北海道:北海道内(東北ブロックとの境界は函館、中小国)
  • 東北:いわき(平)、郡山、新発田以北(岩沼・いわき(平)、福島・郡山、坂町・新発田間を含む)
  • 東日本:いわき(平)、郡山、新発田以南、糸魚川、塩尻、豊橋以東
  • 西日本:糸魚川、塩尻、豊橋以西(糸魚川・富山、塩尻・多治見、豊橋・金山)間を含む)
  • 九州:九州内(西日本ブロックとの境界は下関)
  • 本州の3ブロックについては、近藤氏にならって、ルートの選択肢が3通りしかない縦断線で分割した。 ただし路線が錯綜している(枝が多い)東日本の計算でソルバーの計算時間を短縮するため、東日本と西日本の接続部分を「糸魚川・富山、多治見・美濃太田、金山・名古屋」から「糸魚川・富山、塩尻・多治見、豊橋・金山(名古屋)」に変更した。 また接続部の区間は、東北ブロックと西日本ブロックに含めて計算した。 近藤氏が手計算で行った北海道と九州についても、45年間のルート変遷を探索するには、ソルバーで解くしかない。 こうして作成したブロック別の5つのファイルについて、路線の改廃が行われた時点ごとに、ソルバー実行シートを作成した。 なお、改キロの場合は、別にソルバー実行シートを作成せず、次の方法を取った。
  • 最長ルートに含まれる枝の距離が短くなったときは、H = 0(非通過)として再計算し、距離を比較する。
  • 最長ルートに含まれない枝の距離が長くなったときは、H = 1(通過)として再計算し、距離を比較する。
  • 国鉄・JR鉄道ネットワークの変遷

    まず過去45年間の国鉄・JRのネットワークの変遷を知る必要がある。 このため、筆者の「鉄道路線データベース」から、定期旅客列車が運転されている区間の営業キロ(旅客キロ)の増減を伴う変更を抽出した。 ただし、鶴見−横浜羽沢−東戸塚などの貨物線の旅客営業は、旅客運賃計算用の営業キロの設定がないため削除した(貨物線・短絡線の旅客営業で、運賃が営業キロどおりに計算されたのは、前述した阪和貨物線のみである)。 これを表2に掲げる。
     
    表2 国鉄・JR鉄道ネットワークの変遷
    日付 区分 路線 区間 キロ増減 備考
    1961/04/13 開業 古江線 古江−海潟 17.0  
    1961/04/25 開業 大阪環状線 西九条−天王寺 7.4  
    改キロ 大阪環状線 野田−西九条 -0.1  
    改キロ 桜島線 西九条−安冶川口 0.1  
    1962/04/20 廃止 東北本線 松島(旧)−品井沼 -5.4  
    1962/05/15 客廃 手宮線 南小樽−手宮 -2.8  
    1962/06/10 開業 北陸本線 敦賀−南今庄−今庄 19.3  
    廃止 北陸本線 敦賀−杉津−今庄 -26.4  
    1962/09/01 開業 赤穂線 伊部−東岡山 22.9  
    1962/10/01 改キロ 可部線 全線 0.3  
    1962/12/01 改キロ 北上線 岩沢−陸中川尻 0.8  
    1962/12/02 改キロ 日高本線 苫小牧−厚賀 2.1  
    1963/04/28 改キロ 外房線 千葉−本千葉 -0.4  
    改キロ 外房線 土気-大網 0.1  
    1963/05/08 開業 日南線 南宮崎−北郷 32.5  
    1963/06/30 開業 三江南線 式敷−口羽 13.7  
    1963/08/20 開業 只見線 会津川口−只見 27.6  
    1963/10/01 開業 岩日線 河山−錦町 4.8  
    1963/10/01 開業 能登線 宇出津−松波 13.8  
    1963/10/15 開業 阿仁合線 阿仁合−比立内 13.0  
    1963/10/31 開業 指宿枕崎線 西頴娃−枕崎 20.2  
    1963/12/01 改キロ 鹿児島本線 吉塚−博多−竹下 -0.5  
    改キロ 筑肥線 博多−筑前簑島 -0.7  
    1963/12/18 開業 中村線 窪川−土佐佐賀 20.7  
    1964/05/11 廃止 柳ヶ瀬線 木ノ本−敦賀 -20.3  
    1964/05/19 開業 根岸線 桜木町−磯子 7.5  
    1964/09/10 開業 田沢湖線 雫石−赤渕 6.0  
    1964/09/21 開業 能登線 松波−蛸島 14.5  
    1964/10/01 開業 東海道新幹線 東京−小田原 83.9 新在別線区間のみ
    開業 東海道新幹線 名古屋−米原 79.9 新在別線区間のみ
    1964/10/05 開業 美幸線 美深−仁宇府 21.2  
    1964/10/07 開業 白糠線 白糠−上茶路 25.2  
    1964/11/05 開業 富内線 振内−日高町 24.1  
    1965/03/01 客開 関西本線 八尾−杉本町 11.3  
    改キロ 桜島線 西九条−安冶川口 -0.5  
    1966/03/10 開業 漆生線 漆生−嘉穂信−下山田 4.3  
    開業 上山田線 上山田−豊前川崎 11.5  
    1966/09/30 改キロ 根室本線 落合−新得 0.2  
    1966/10/06 開業 神岡線 猪谷−神岡 20.3  
    1966/10/20 開業 田沢湖線 赤渕−田沢湖 18.1  
    1967/09/01 廃止 柚木線 左石−柚木 -3.9  
    1967/10/01 客廃 関西本線 八尾−杉本町 -11.3  
    1968/04/01 開業 丸森線 槻木−丸森 17.4  
    1968/05/25 開業 篠栗線 篠栗−桂川 14.8  
    1968/07/21 開業 東北本線 野内−東青森−青森 10.6  
    1968/07/22 廃止 東北本線 野内−浪打−浦町−青森 -10.6  
    1968/09/01 改キロ 東北本線 全線 -1.2  
    1968/10/24 開業 気仙沼線 前谷地−柳津 17.5  
    1969/07/27 開業 可部線 加計−三段峡 14.2  
    1969/10/01 改キロ 北陸本線 全線改キロ -2.8  
    改キロ 函館本線 納内−伊能 -2.0  
    改キロ 身延線 富士−竪堀 0.3  
    1969/12/01 改キロ 草津線 手原−草津 0.3  
    1969/12/08 廃止 幸袋線 小竹−二瀬 -7.6  
    1970/03/01 改キロ 鳴門線 池谷−鳴門 0.2  
    開業 盛線 盛−綾里 9.0  
    1970/03/17 開業 根岸線 磯子−洋光台 4.6  
    1970/08/20 開業 鹿島線 香取−鹿島神宮 14.2  
    1970/10/01 開業 中村線 土佐佐賀−中村 22.7  
    1970/11/01 廃止 長野原線 長野原−太子 -5.8  
    開業 角館線 角館−松葉 19.2  
    廃止 胆振線 京極−脇方 -7.5  
    1970/12/01 廃止 根北線 斜里−越川 -12.8  
    1971/02/01 廃止 五日市線 武蔵五日市−武蔵岩井 -2.7  
    1971/03/07 開業 吾妻線 長野原−大前 13.3  
    1971/08/03 廃止 函館本線 美唄−南美唄 -3.0  
    1971/08/20 廃止 筑肥線 山本−岸嶽 -4.1  
    1971/08/29 開業 只見線 只見−大白川 20.8  
    1971/12/26 廃止 世知原線 肥前吉井−世知原 -6.7  
    廃止 臼ノ浦線 佐々−臼ノ浦 -3.8  
    1972/01/16 廃止 鍛冶屋原線 板野−鍛冶屋原 -6.9  
    1972/02/01 客廃 日豊本線 日向市−細島 -3.5  
    1972/02/06 開業 岩泉線 浅内−岩泉 7.4  
    改キロ 岩泉線 岩手大川−浅内 -0.2  
    1972/02/27 開業 宮古線 宮古−田老 12.8  
    1972/03/01 廃止 篠山線 篠山口−福住 -17.6  
    廃止 三国線 金津−芦原 -4.5  
    1972/03/15 開業 山陽新幹線 新大阪−西明石 59.7 新在別線区間のみ
    廃止 和歌山線 田井ノ瀬−紀和 -4.5  
    客開 和歌山線 田井ノ瀬−和歌山 4.6  
    1972/04/01 廃止 宇品線 広島−上大河 -2.4  
    1972/05/14 廃止 川俣線 松川−岩代川俣 -12.2  
    1972/06/19 廃止 札沼線 新十津川−石狩沼田 -34.9  
    1972/07/15 開業 総武本線 東京−錦糸町 4.8  
    1972/07/22 開業 高千穂線 日ノ影−高千穂 12.5  
    1972/09/08 開業 白糠線 上茶路−北進 7.9  
    1972/09/09 開業 大隅線 海潟温泉−国分 33.5  
    1972/10/02 開業 長崎本線 喜々津−肥前古賀−浦上 16.8  
    1972/11/01 廃止 舞鶴線 東舞鶴−中舞鶴 -3.4  
    1972/11/01 客廃 幌内線 三笠−幌内 -2.7  
    1972/12/15 開業 越美北線 勝原−九頭龍湖 10.2  
    1973/04/01 開業 武蔵野線 府中本町−新松戸 57.5  
    廃止 中央本線 国分寺−東京競馬場前 -5.6  
    1973/04/09 開業 根岸線 洋光台−大船 8.0  
    1973/07/01 開業 盛線 綾里−吉浜 12.5  
    1973/09/01 開業 伊勢線 河原田−津 22.3 戸籍上は、南四日市−津間26.0キロ
    1973/09/09 開業 千歳線 白石−北広島 16.0 戸籍上は、苗穂−北広島間19.6キロ
    廃止 千歳線 苗穂−東札幌 -3.1  
    客廃 千歳線 東札幌−月寒 -2.7  
    廃止 千歳線 月寒−北広島 -16.1  
    改キロ 千歳線 長都−沼ノ端 -0.1  
    1973/10/01 開業 牟岐線 牟岐−海部 11.6  
    改キロ 牟岐線 辺川−牟岐 -0.1  
    1974/03/01 開業 予土線 江川崎−若井 42.7  
    1974/07/20 開業 湖西線 山科−近江塩津 74.1  
    開業 久慈線 久慈−普代 26.0  
    1975/08/31 開業 三江線 浜原−口羽 29.6  
    1976/02/19 改キロ 長崎本線 佐賀−鍋島 -0.1  
    改キロ 佐賀線 佐賀−東佐賀 0.1  
    1976/04/26 開業 太多線 岡崎−新豊田 19.5  
    1977/12/11 開業 気仙沼線 柳津−本吉 34.0  
    改キロ 気仙沼線 本吉−大谷 -0.3  
    1978/07/25 客開 鹿島線 鹿島神宮−北鹿島 3.2  
    1978/10/02 開業 武蔵野線 新松戸−西船橋 14.3  
    1980/07/09 改キロ 日豊本線 豊後豊岡−亀川 -0.1  
    1980/10/01 客開 東海道本線 品川−新川崎−鶴見 17.8  
    改キロ 中央本線 信濃境−富士見 -0.2  
    1981/04/01 客廃 福知山線 塚口−尼崎港 -4.6  
    1981/07/01 廃止 夕張線 紅葉川−登川 -7.6  
    1981/10/01 開業 石勝線 千歳空港(南千歳)−追分 17.6  
    開業 石勝線 新夕張−新得 89.4  
    1981/11/01 改キロ 仙石線 西塩釜−陸前浜田 -0.2  
    1982/05/17 改キロ 中央本線 小野−塩尻 0.5  
    改キロ 中央本線 塩尻−洗馬 -0.1  
    改キロ 中央本線 上松−木曽福島 -0.2  
    改キロ 篠ノ井線 塩尻−広丘 -0.5  
    1982/06/23 開業 東北新幹線 福島−仙台−一ノ関 172.3 新在別線区間のみ
    1982/11/15 開業 上越新幹線 高崎−越後湯沢 94.2 新在別線区間のみ
    開業 上越新幹線 長岡−新潟 63.3 新在別線区間のみ
    改キロ 飯田線 鴬巣−平岡 -0.2  
    1983/03/22 開業 筑肥線 唐津−虹ノ松原 5.1  
    開業 筑肥線 山本−唐津 7.4  
    廃止 筑肥線 博多−姪浜 -11.7  
    廃止 筑肥線 虹ノ松原−山本 -10.4  
    改キロ 筑肥線 今宿−姪浜 -0.1  
    1983/07/05 開業 中央本線 岡谷−みどり湖−塩尻 11.7  
    1983/10/23 廃止 白糠線 白糠−北進 -33.1  
    1983/12/01 客廃 鹿島線 鹿島神宮−北鹿島 -3.2  
    1984/02/01 改キロ 伯備線 井倉−石蟹 -1.2  
    1984/04/01 廃止 相模線 寒川−西寒川 -1.5  
    廃止 清水港線 清水−三保 -8.3  
    譲渡 盛線 盛−吉浜 -21.5  
    譲渡 宮古線 宮古−田老 -12.8  
    譲渡 久慈線 久慈−普代 -26.0  
    廃止 日中線 喜多方−熱塩 -11.6  
    廃止 魚沼線 来迎寺−西小千谷 -12.6  
    廃止 赤谷線 新発田−東赤谷 -18.9  
    1984/10/06 譲渡 樽見線 大垣−美濃神海 -24.0  
    1984/11/01 譲渡 黒石線 川部−黒石 -6.6  
    1984/12/01 廃止 高砂線 加古川−高砂 -6.3  
    廃止 小国線 恵良−肥後小国 -26.6  
    廃止 妻線 佐土原−杉安 -19.3  
    1984/12/11 譲渡 神岡線 猪谷−神岡 -20.3  
    1985/03/14 客開 鹿島線 鹿島神宮−北鹿島 3.2  
    廃止 小松島線 中田−小松島 -1.9  
    1985/04/01 譲渡 三木線 厄神−三木 -6.8  
    譲渡 北条線 粟生−北条町 -13.8  
    廃止 倉吉線 倉吉−山守 -20.0  
    廃止 弥彦線 東三条−越後長沼 -7.9  
    廃止 室木線 遠賀川−室木 -11.2  
    廃止 勝田線 吉塚−筑前勝田 -13.8  
    廃止 矢部線 羽犬塚−黒木 -19.7  
    廃止 添田線 香春−添田 -12.1  
    廃止 香月線 中間−香月 -3.5  
    廃止 万字線 志文−万字炭山 -23.8  
    廃止 相生線 美幌−北見相生 -36.8  
    廃止 渚滑線 渚滑−北見滝ノ上 -34.3  
    1985/07/01 譲渡 大畑線 下北−大畑 -18.0  
    廃止 岩内線 小沢−岩内 -14.9  
    廃止 興浜北線 浜頓別−北見枝幸 -30.4  
    1985/07/15 廃止 興浜南線 興部−雄武 -19.9  
    1985/09/17 廃止 美幸線 美深−仁宇府 -21.2  
    1985/09/30 開業 東北本線 赤羽−武蔵浦和−大宮 18.0  
    1985/10/01 譲渡 矢島線 羽後本荘−羽後矢島 -23.0  
    1985/10/13 改キロ 石勝線 鹿ノ谷−夕張 -1.3  
    1985/11/16 譲渡 明知線 恵那−明知 -25.2  
    1986/03/03 開業 京葉線 西船橋−千葉港 18.4  
    開業 予讃本線 向井原−内子 23.5  
    開業 予讃本線 伊予大洲−新谷 5.9  
    廃止 予讃本線 五郎−新谷 -3.5  
    改キロ 予讃本線 喜多山−内子 -1.5  
    改キロ 土讃本線 大杉−角茂谷 -0.2  
    1986/04/01 譲渡 甘木線 基山−甘木 -14.0  
    譲渡 高森線 立野−高森 -17.7  
    廃止 漆生線 下鴨生−下山田 -7.9  
    1986/07/01 譲渡 丸森線 槻木−丸森 -17.4  
    1986/08/01 改キロ 福知山線 生瀬−道場 -1.8  
    1986/11/01 廃止 播但線 飾磨港−姫路 -5.6  
    譲渡 角館線 角館−松葉 -19.2  
    譲渡 阿仁合線 鷹ノ巣−比立内 -46.1  
    廃止 胆振線 伊達紋別−倶知安 -83.0  
    廃止 富内線 鵡川−日高町 -82.5  
    1986/12/11 譲渡 越美南線 美濃太田−北濃 -72.2  
    1987/01/10 廃止 宮之城線 川内−薩摩大口 -66.1  
    1987/02/02 廃止 広尾線 帯広−広尾 -84.0  
    1987/03/14 廃止 大隅線 志布志−国分 -98.3  
    1987/03/15 譲渡 二俣線 掛川−新所原 -67.9  
    1987/03/16 廃止 瀬棚線 国縫−瀬棚 -48.4  
    1987/03/20 廃止 湧網線 中湧別−網走 -89.8  
    1987/03/23 廃止 士幌線 帯広−十勝三股 -59.7  
    1987/03/27 譲渡 伊勢線 河原田−津 -22.3  
    廃止 志布志線 西都城−志布志 -38.6  
    1987/03/28 廃止 佐賀線 佐賀−瀬高 -24.1  
    1987/03/30 廃止 羽幌線 留萌−幌延 -141.1  
    1987/07/13 譲渡 信楽線 貴生川−信楽 -14.8  
    廃止 幌内線 岩見沢−幾春別 -18.1  
    1987/07/16 譲渡 会津線 西若松−会津高原 -57.4  
    1987/07/25 譲渡 岩日線 川西−錦町 -32.7  
    1987/10/01 改キロ 予讃本線 坂出−丸亀 0.4  
    1987/10/14 譲渡 若桜線 郡下−若桜 -19.2  
    1988/01/31 譲渡 太多線 岡崎−新豊田 -19.5  
    廃止 山野線 水俣−栗野 -55.7  
    1988/02/01 廃止 松前線 木古内−松前 -50.8  
    1988/03/13 開業 海峡線 中小国−木古内 87.8  
    1988/03/20 開業 本四備讃線 茶屋町−児島 12.9  
    1988/03/24 譲渡 木原線 大原−上総中野 -26.9  
    1988/03/25 譲渡 能登線 穴水−蛸島 -61.1  
    1988/04/01 譲渡 中村線 窪川−中村 -43.4  
    譲渡 松浦線 有田−佐世保 -93.9  
    1988/04/10 開業 本四備讃線 児島−宇多津 18.1  
    1988/04/11 譲渡 真岡線 下館−茂木 -42.0  
    1988/04/25 廃止 歌志内線 砂川−歌志内 -14.5  
    1988/04/30 改キロ 篠ノ井線 明科−西条 -0.7  
    1988/08/31 廃止 上山田線 豊前川崎−飯塚 -25.9  
    1988/10/25 譲渡 長井線 赤湯−荒砥 -30.6  
    1988/12/01 客開 京葉線 千葉港−蘇我 4.0  
    開業 京葉線 新木場−南船橋 18.6  
    開業 京葉線 市川塩浜−西船橋 5.9  
    1989/03/05 改キロ 山陰本線 嵯峨−馬堀 -1.6  
    1989/03/11 改キロ 片町線 大住−長尾 -0.1  
    1989/03/29 譲渡 足尾線 桐生−間藤 -44.1  
    1989/04/20 改キロ 福塩線 河佐−備後三河 -1.4  
    1989/04/28 譲渡 高千穂線 延岡−高千穂 -50.1  
    1989/04/30 廃止 標津線 標茶−根室標津 -69.4  
    廃止 標津線 中標津−厚床 -47.5  
    1989/05/01 廃止 天北線 音威子府−南稚内 -148.9  
    廃止 名寄本線 名寄−遠軽 -138.1  
    廃止 名寄本線 中湧別−湧別 -4.9  
    1989/06/04 譲渡 池北線 池田−北見 -140.0  
    1989/10/01 譲渡 湯前線 人吉−湯前 -24.9  
    譲渡 田川線 行橋−田川伊田 -26.3  
    譲渡 伊田線 田川伊田−直方 -16.2  
    譲渡 糸田線 田川後藤寺−金田 -6.9  
    1989/12/23 廃止 宮田線 勝野−筑前宮田 -5.3  
    1989/12/28 改キロ 関西本線 今宮−湊町 -0.2  
    1990/02/20 改キロ 日南線 大隅夏井−志布志 -0.1  
    1990/03/10 改キロ 奥羽本線 庭坂−板谷 -0.4  
    開業 京葉線 東京−新木場 7.4  
    1990/04/01 廃止 鍛冶屋線 野村−鍛冶屋 -13.2  
    譲渡 宮津線 西舞鶴−豊岡 -84.0  
    廃止 大社線 出雲市−大社 -7.5  
    開業 博多南線 博多−博多南 8.5  
    1990/06/26 改キロ 山陽本線 三原−本郷 -0.6  
    改キロ 山陽新幹線 三原−東広島 -0.6  
    1990/09/01 改キロ 奥羽本線 赤岩−関根 -2.5  
    1990/12/20 開業 上越線 越後湯沢−ガーラ湯沢 1.8  
    1990/12/26 改キロ 石勝線 新夕張−夕張 -0.8  
    1991/03/19 開業 成田線 成田−成田空港 10.8  
    1991/06/20 開業 東北新幹線 東京−上野 3.6  
    1991/09/01 3種化 七尾線 和倉温泉−輪島 -48.4  
    1991/10/22 改キロ 根室本線 野花南−島ノ下 -3.0  
    1992/07/01 開業 千歳線 南千歳−新千歳空港 2.6  
    1994/05/16 廃止 函館本線 砂川−上砂川 -7.3  
    1994/06/15 開業 関西空港線 日根野−関西空港 11.1  
    1994/11/01 改キロ 室蘭本線 志文−岩見沢 1.7  
    1994/12/03 改キロ 宇野線 備前田井−宇野 -0.1  
    1995/09/04 廃止 深名線 深川−名寄 -121.8  
    1996/07/18 開業 宮崎空港線 田吉−宮崎空港 1.4  
    1997/03/08 開業 JR東西線 京橋−尼崎 12.5  
    廃止 片町線 京橋−片町 -0.5  
    1997/03/22 改キロ 磐越西線 磐梯熱海−上戸 -0.7  
    1997/04/01 廃止 美祢線 南大嶺−大嶺 -2.8  
    1997/10/01 開業 北陸新幹線 高崎−長野 117.4  
    廃止 信越本線 横川−軽井沢 -11.2  
    譲渡 信越本線 軽井沢−篠ノ井 -65.6  
    1997/10/01 改キロ 室蘭本線 母恋−室蘭 -1.1  
    1999/04/01 改キロ 桜島線 安治川口−桜島 0.1  
    1999/07/02 改キロ 山陽新幹線 小倉−博多 -1.0  
    改キロ 鹿児島本線 枝光−八幡 -1.0  
    2000/03/11 開業 仙石線 あおば通−仙台 0.5  
    改キロ 仙石線 仙台−陸前小野 -0.6  
    2001/04/01 改キロ 飯田線 川路−時又 -0.1  
    2001/05/13 改キロ 予讃線 高松−香西 -0.3  
    改キロ 徳島線 高松−昭和町 -0.3  
    2002/10/21 改キロ 北陸本線 森本−東金沢 -0.1  
    2002/12/01 開業 東北新幹線 盛岡−八戸 96.6  
    譲渡 東北本線 盛岡−目時 -82.0  
    譲渡 東北本線 目時−八戸 -25.9  
    2003/12/01 廃止 可部線 可部−三段峡 -46.2  
    2004/03/13 開業 九州新幹線 新八代−鹿児島中央 137.6  
    譲渡 鹿児島本線 八代−川内 -116.9  
    2007/03/18 改キロ 和歌山線 吉野口−五条 -0.4  
    2008/03/15 開業 おおさか東線 放出−久宝寺 9.2  

    最長切符ルートの変化をもたらした変遷を赤字で、ルートには関係しなかったが距離の増減に関係したものを青字で示した。 緑色のフォントで示したのは、ルートにも距離にも影響しなかったが、ソルバーで計算する枝の変化をもたらした事項である。

    路線の改廃のほか、駅の設置が最長ルートに影響することがある。 分岐点が変更になり、枝の変化をもたらした新駅の開設は表3の8駅である。 このうち、最長ルートに影響したのは、赤字で示した佃駅と新富士駅である。
     

    表3 新駅の開設
    日付 路線(従来存在した路線)
    1962/07/18 徳島線(土讃線)
    1985/03/14 新花巻 東北新幹線・釜石線
    1987/10/01 西小倉 鹿児島線(日豊線)
    1988/03/13 新富士 東海道新幹線
    1988/03/13 長者原 香椎線・篠栗線
    1989/07/09 金山 東海道線(中央線)
    2003/10/01 品川 東海道新幹線
    2004/03/13 本庄早稲田 上越新幹線

    枝の変遷

    各ブロック、時点ごとに、ソルバーで最大値を計算する枝を確定する必要がある。 近藤氏が行ったのと同様、2地点間を結ぶルートが複数あれば、最長ルートの枝のみを残し他は削除した。 ここで、北海道・九州ブロックについては、起終点となるブロックであるから、盲腸線(行きどまり路線)も枝に加える必要がある。 ただし、北海道・九州で最長ルートとなる盲腸線の枝はそれぞれ、ひとつだけである。 次のフィルターで枝となる盲腸線を絞り込むことができる。
    1. 北海道が起終点となるので、最長ルートは長万部以南のルートを必ず通過する。 この区間に接続する盲腸線は、その距離が長万部以北を起点とするルートの各分岐駅までの距離よりも長くないので、削除することができる。
    2. 同一駅から分岐する二つ以上の盲腸線があるとき、その距離が最長の盲腸線以外は削除できる。
    3. ある盲腸線の距離がその分岐駅を通る枝の中で2位以内に入らないときは、1,2位の枝を通過したほうが距離が長くなるので、その盲腸線を削除できる。
    4. 途中に盲腸線以外の分岐駅がない区間から二つの盲腸線が分岐しているとき、その盲腸線と隣接分岐駅までの距離が隣接分岐駅から出る盲腸線の距離より短いときは、前者の盲腸線を削除できる。
    この2、3のフィルターを西九州の例で解説する。 こうして、西九州で通過する可能性のある枝は図3のようになった。

    図3 西九州の枝の整理

    4番目のフィルターは文章ではわかりにくいので、図4を参照してほしい。 A-C間の距離がA-B-D間の距離より長いとき、C-A-Eというルートを取る場合でも、C-A-B-Fと進む場合にも、D-B-A-EまたはD-B-Fの距離よりも長くなる。 したがって、B-Dの盲腸線は、最長ルートの候補から外すことができる。

    図4 フィルター4

    このようにフィルターをかけて残った枝の距離の推移を、別表でブロックごとに示す。

    最長ルート計算のケース分割

    今回のルート探索は前述したとおり、5ブロックに分けて行った。北海道・九州ブロックは、長万部−函館(中小国)間、下関−小倉(西小倉)間の枝を必ず通過するので、最長ルートは一義的に定まる。東北・西日本ブロックは、それぞれ、青森(中小国)、下関を起点とするが、東日本ブロックとの境界の枝が3本ある。表4の5ケースに分けてそれぞれのケースの最大値を求めた。
     
    表4 東北・西日本のケース分割
    東北ブロック
    岩沼−平
    福島−郡山
    坂町−新発田
    坂町−新発田・・・郡山−福島・・・岩沼−平
    岩沼−平・・・郡山−福島・・・坂町−新発田
    西日本ブロック
    糸魚川−富山
    塩尻−多治見
    豊橋−金山(名古屋)
    糸魚川−富山・・・多治見−塩尻・・・豊橋−金山(名古屋)
    豊橋−金山(名古屋)・・・多治見−塩尻・・・糸魚川−富山

    東日本ブロックは、東北の5ケースと西日本の5ケースのマトリックスの25ケースを検討する必要がある。 近藤氏の手法を使い、東北、西日本の最長ケースの組合せを仮の最長ルートとし、これと他のケースの距離の差で、個別計算する必要のある範囲を絞り込んだ。 部分巡回が完全に解消されるまで計算したのは、各時点で2-3ケース以下であった。

    結果的に、東北ブロックと西日本ブロックのそれぞれの最長ケース同士の組み合わせにならなかったのは、 1971年8月29日から1982年6月22日までと1989年7月6日以降である。

    ブロックごとの最長ルート

    東北ブロックと西日本ブロックの各ケースの最長ルートの距離は、表5のとおり変化した。 赤字で示したのは、ブロック内の最長ルート。太字は、全体の最長ルートである。

    表5-1 東北のケース別最長ルート
    日付 岩沼−平 福島−郡山 坂町−新発田 岩沼−平・・・
    坂町−新発田
    坂町−新発田
    ・・・岩沼−平
    1961/07/01 1607.6 1500.2 1430.6 1548.8 1565.8
    1966/10/20 1724.4 1698.6 1550.5 1668.7 1774.3
    1968/09/01 1723.2 1697.0 1549.0 1667.4 1772.7
    1971/08/29 1723.2 1697.0 1549.0 1667.4 1772.7
    1977/12/11 1795.6 1768.9 1656.8 1775.2 1834.8
    1981/11/01 1795.4 1768.7 1656.6 1775.0 1834.6
    1982/06/23 1917.7 1768.7 1656.6 1775.0 1834.6
    1985/03/14 1917.7 1768.7 1656.6 1775.0 1880.3
    1988/03/13 1949.1 1800.1 1690.5 1808.9 1911.7
    1988/10/25 1949.1 1800.1 1682.7 1801.1 1911.7
    1990/03/10 1949.1 1800.1 1682.3 1800.7 1911.7
    1990/09/01 1949.1 1800.1 1679.8 1798.2 1911.7
    2000/03/11 1949.1 1800.1 1679.2 1797.6 1911.1
    2002/12/01 1656.5 1507.5 1373.2 1491.6 1602.2
    表5-2 西日本のケース別最長ルート
    日付 塩尻-多治 豊橋-金山 糸魚-富山 豊橋-金山・・・
    糸魚-富山
    糸魚-富山
    ・・・豊橋-金山
    1961/07/01 3623.4 3487.7 3325.7 3524.9 3497.2
    1962/06/10 3616.3 3480.6 3325.7 3524.9 3497.2
    1962/07/18 3606.1 3470.4 3315.5 3507.6 3487.0
    1964/05/11 3606.1 3470.4 3312.8 3507.6 3484.3
    1965/03/01 3616.0 3480.3 3322.7 3517.5 3494.2
    1967/10/01 3606.1 3470.4 3312.8 3507.6 3484.3
    1969/10/01 3605.6 3469.9 3312.4 3507.6 3483.9
    1969/12/01 3605.9 3470.2 3312.7 3507.9 3484.2
    1972/03/15 3699.0 3583.4 3426.4 3620.6 3597.9
    1973/09/01 3690.0 3574.4 3417.4 3611.6 3588.9
    1974/03/01 3852.6 3678.7 3521.7 3715.9 3693.2
    1974/07/20 3929.3 3755.4 3634.8 3792.6 3751.7
    1975/08/31 4086.1 3919.5 3798.9 3956.7 3915.5
    1982/05/17 4085.8 3915.9 3798.9 3956.4 3915.2
    1982/07/01 3474.7 3372.3 3251.7 3409.2 3368.3
    1984/02/01 3473.5 3371.1 3250.5 3408.0 3367.1
    1986/08/01 3471.7 3369.3 3248.7 3406.2 3365.3
    1987/03/27 3480.7 3378.3 3257.7 3415.2 3374.3
    1989/03/05 3479.1 3376.7 3256.1 3413.6 3372.7
    1989/03/11 3479.0 3376.6 3256.0 3413.5 3372.7
    1989/04/20 3477.6 3375.2 3254.6 3412.1 3371.3
    1989/07/09 3477.6 3384.8 3254.6 3495.2 3371.3
    2002/10/21 3477.5 3384.7 3254.6 3495.2 3371.2
    2004/03/13 3486.2 3384.7 3263.3 3503.9 3371.2
    2007/03/18 3485.8 3384.3 3262.9 3503.5 3370.8
    2008/03/15 3485.8 3396.1 3262.9 3503.5 3382.6

    東北ブロックは、路線の改廃により、最長ルートがめまぐるしく変更になった。 西日本ブロックは、ケース間でルートに違いがあるのは北陸・東海だけで、近畿以西では5ケースとも同じルートを取っている。 このため、路線の開廃があっても、ケース間の距離の差がほぼ固定している。

    表5−1に見るように、1971年8月29日の只見線開業から 1982年6月23日の東北新幹線開業まで、「福島−郡山」ルートは東北ブロック内の3番手であった。 1位の「坂町−新発田・・・岩沼−平」ルートは、1971年8月29日時点で「福島−郡山」ルートを75.7キロ上回ったが、只見線開業により、東日本ブロックにおいて、東北ブロックと東日本ブロックとの枝を1本だけ通過するルートが大幅に距離を伸ばしたためである(3本通過するルートの距離には変化がなかった)。 2位の「岩沼−平」ルートに比べても26.2キロ短いが、東日本ブロックとあわせた岩沼−平で比較すると、常磐線の直進ルートよりも、岩沼−郡山−平の距離が上回る。 こうして、東北ブロックの3番手が、全国の最長ルートとなった。 1982年の東北新幹線開業で、仙台−福島−岩沼というルートが可能となり、岩沼−平通過ルートの距離が伸びたので、この現象はなくなった。

    西日本ブロックは、89年7月の金山駅開設まで、一貫して「塩尻−多治見」のみを通過するルートが最長であった。 その後、「豊橋−金山・・・多治見−塩尻・・・糸魚川−富山」ルートが最長となったが、その差は大きくなかった。 このルートをとると、東日本ブロックで、飯田線(195.8キロ)または東海道線の静岡−豊橋間(113.4キロ)のいずれかが通過できなくなり、距離が著しく短縮される。 したがってこれが全国の最長ルートとなることはなく、西日本ブロックでは、つねに塩尻−多治見を1回だけ通過するルートが全国の最長ルートであった。

    東日本ブロックルートの2パターン

    東日本の最長ルートは、1971年の只見線開業以降二つのパターンが繰り返されたことが興味深い。 パターンAは、平(郡山)から新津まで本州を縦断、新潟県、長野県を通過し、高崎−小山−安積永盛−水戸から首都圏、東海を経由し豊橋−辰野(-岡谷)−塩尻というコースを通る。 パターンBは、平から南下、水戸−安積永盛−小山−友部から首都圏、東海を経由し、豊橋−辰野−岡谷−小淵沢−小諸−高崎−小出と進み、只見線で会津若松に出て、 新潟県、長野県を経て松本から塩尻に至る。パターンBは、宮脇俊三氏が『最長片道切符の旅』で、
    豊橋から飯田線の客となる。そのあといろいろ乗り継いで、あさっての午前一〇時に会津若松に達する予定になっている。目的地の枕崎に背を向けて二日間乗りつづけるのだから、最長片道切符ならではだ。しかし阿呆らしさもここまでくると、かえって厳粛な趣を呈してくるかに私は思うのだが。
    と書いたルートである。

    東日本ブロックの最長ルートが平−塩尻となった1982年6月の東北新幹線開業以降、両パターンの距離は、表6のとおり推移した。 とくに、1982年11月の上越新幹線開業により、高崎−越後湯沢−新前橋というルートが可能となって、両者の差は僅少となり、改キロによってルートが変更される原因となった。
     

    表6 東日本の2パターン
    日付 変更事由 パターンA パターンB 差(A-B)
    1982/06/23 東北新幹線開業 2952.3 3073.4 -121.1
    1982/11/15 上越新幹線開業 3129.6 3131.3 -1.7
    1983/08/05 中央線みどり湖経由新線開業 3132.6 3131.3 1.3
    1985/09/30 埼京線開業 3158.9 3157.6 1.3
    1988/03/13 新富士駅開設 3180.8 3179.5 1.3
    1988/04/30 明科−西条改キロ 3180.1 3179.5 0.6
    1990/03/10 京葉線東京−新木場開業 3205.7 3205.1 0.6
    1997/03/22 磐梯熱海−上戸改キロ 3205.0 3205.1 -0.1
    1997/10/01 北陸新幹線開業 3225.2 3196.7 28.5


    最長ルート探索・旅行の系譜

    知られている限り最初に国鉄の最長片道切符旅行を行ったのは、東京大学旅行研究会の会員4名である。 その25日間にわたる旅行記は、『世界の旅10、日本の発見』(中央公論社、1962年9月)に収録されている。 このほか、書籍、新聞やウェブに掲載された最長片道切符のプランや旅行記のうち、距離またはルートが示されているもの(表7)について、検証を行った。
     
    表7 最長ルートの探索者・旅行者
    時期 探索者・旅行者 起点 終点 営業キロ(今回探索) 出典・備考
    1961/07-08 東大旅行研究会 海潟(07/15) 広尾(08/09) 12,145.3 (12,168.0) 「最長切符旅行」(『世界の旅10、日本の発見』、中央公論社、1962年9月刊)
    1969/09 山田平八郎 広尾 枕崎 12,487.0 (12,610.7) 「国鉄最長切符旅行」(朝日新聞、1969/09/14)
    1975/07 光畑茂 広尾 枕崎 13,026.0 (13,032.0) 清水晶『時刻表に強くなる』(読売新聞社、1975年7月刊)
    1975/12 古泉栄一 広尾 枕崎 13,124.0 (13,188.0) 『鉄道あれこれ』(弘済出版社、1977年12月刊)。新幹線使用せず
    1978/10-12 宮脇俊三 広尾(10/13) 枕崎(12/20) 13,267.2 (13,267.2) 『最長片道切符の旅』(新潮社、1979年10月刊)
    1982/06 光畑茂 広尾 枕崎 13,420.6 (13,423.5) 「最長片道切符の終着駅」(『旅と鉄道』、vol. 103、1996秋)。史上最長の最長ルート
    1985/06-08 種村直樹 竹下町(06/01) 鵡川(08/27) 17,880.9 (-) 『さよなら国鉄 最長片道きっぷの旅』(実業之日本社、1987/04/25)
    1992/02-04 まるよし 様似(02/10) 肥前山口(04/02) - (11,567.5)  
    1993/07-09 特急「スーパー白鳥13号」 様似(07/15) 肥前山口(09/05) - (11,567.5) 在来線のみ
    1995/09 光畑茂 稚内 肥前山口 11,454.0 (11,454.0) 「最長片道切符の終着駅」(『旅と鉄道』、vol. 103、1996秋)
    1999/12-00/01 脇坂健 稚内(12/29) 肥前山口(01/29) - (11,473.5) 小倉−博多間新在別線で独自のルート 
    2000/07-08 葛西隆也 稚内(07/29) 肥前山口(08/26) 11,514.4 (11,473.5) 小倉−博多間新在別線。運賃計算キロ最長
    2001/08-10 takasato 稚内(08/29) 肥前山口(10/28) 11,526.2 (11,473.4) 小倉−博多間新在別線
    2004/05-06 関口知宏 稚内(05/06) 肥前山口(06/23) 11,158.0 (11,161.2) NHK放映。ルート探索は葛西氏(運賃キロ最長)
    2005/01-03 OLみっこ 稚内(01/19) 肥前山口(03/13) - (11,161.2)  
    2005/02-03 sojo_skyline 稚内(02/15) 肥前山口(03/27) - (11,161.2)  
    2005/08-09 匿名氏 稚内(08/14) 肥前山口(09/13) - (11,161.2)  
    2005/08-10 原口隆行 稚内(08/23) 肥前山口(09/28) 11,161.2 (11,161.2) 『最長片道切符11195.7キロ』(学習研究社、2008/07/08)
    2007/07-09 浩然斎 稚内(07/10) 肥前山口(09/04) - (11,160.8)  
    2008/10-12 s.fukasawa 稚内(10/28) 肥前山口(12/06) - (11,160.8) 運賃キロ最長
    注: 起終点に日付の記載のないのはルート探索のみで、旅行はしていない

    東大旅研の最長ルート

    東大旅研の鹿児島県の海潟駅から北海道の広尾駅に至る12,145.3キロの旅行は1961年7月に実行された。 その全行程は、「乗り鉄先駆者たちの足跡」に記した。 彼らの経路と今回で求めた最長ルートは、図5のとおり首都圏のルートが異なっており、筆者のルートのほうが22.7キロ長い。
     
    図5 東大旅研の最長ルート
    ルートA
    ルートB
    ルートC

    東大旅研は、乗車距離最長のルートとして、品川-東京-神田-御茶ノ水-代々木-新宿-田端-赤羽-尾久-秋葉原のルートAを求めた。 しかし営業規則70条の特定区間(東京大環状線=図の黄色で塗りつぶした範囲)は、通過する場合最短ルートの距離で運賃計算を行うので、券面距離の最長ルートを目指し[2]、大環状線内の最短距離が長い新宿-田端-赤羽-尾久-秋葉原というルートBを取った。 なお旅行記によると、同時期に最長片道切符旅行を行ったY大のN氏は、実乗距離最長のコースを通ったとのことである。

    これに対し近藤英明氏は、「1961年の東大旅研最長片道切符旅行は最長ではなかった?」で、70条特定区間を複数回通過すれば乗車距離により運賃計算を行うというルールを適用して、券面距離でも東大旅研を上回るルートCがあると発表した。 今回の探索結果も近藤氏のルートとおりとなった。

    東京付近のルートとして、ソルバーは、まず、

    ・・・千葉(総武)秋葉原(東北)日暮里(東北)田端(山手)代々木(中央)東京(東海道)鶴見(鶴見)浜川崎(南武)立川(青梅)拝島(八高)高麗川(川越)大宮(高崎)倉賀野・・・
    という解を示した。これは、東大旅研の実乗距離最長ルートと一致する(彼らは南→北ルートを取ったので、上記ルートとは逆方向)。 70条特定区間内は、秋葉原−日暮里−田端−代々木−東京−品川の1回しか通過せず、運賃は秋葉原−品川の最短経路で計算されてしまう。 そこで、70条特定区間から外に出る枝を3回以上通過するという制約、
    Σ(H秋葉原・千葉,H日暮里・我孫子,H赤羽・大宮,H新宿・立川,H品川・川崎)>=3
    を課して再計算したところ、
    ・・・千葉(総武)秋葉原(東北)神田(中央)代々木(山手)品川(東海道)鶴見(鶴見)浜川崎(南武)立川(中央)新宿(山手)田端(東北)日暮里(東北)大宮(川越)高麗川(八高)倉賀野・・・
    という、70条特定区間を2回通過するルートを返した。 どちらも、東日本ブロック内の距離は2791.2キロで同じなのだ。

    東大旅研は、手計算で「秋葉原−日暮里−田端−代々木−東京−品川」という実乗距離最長ルートを求め、70条特定区間通過のルールを適用し、券面距離が長くなる「秋葉原−赤羽−田端−新宿」というルートを選択したものと思われる。 同じ距離のルートが複数あるとは考えなかったのだろう。

    初期のルート探索者・旅行者たち

    清水晶『時刻表に強くなる』(読売新聞社、1975年7月刊)に、最長片道切符について書かれた「一万三千キロの片道切符」という項がある。 その中で、「これがマスコミで初めて話題に上ったのは、昭和四十四年九月十四日の朝日新聞が山田平八郎さん(前橋市役所勤務)のプランを紹介したときではないかと思う。」と書かれている。東大旅研の旅行記を収録した「日本の発見」はすでに出版されており、4人組は旅行後NHK-TVの「私の秘密」にも出演したのだが、当時の認知度は低かったようだ。

    図書館で朝日新聞縮刷版にあたり、日曜版に「国鉄最長切符旅行」という見出しの記事をみつけた。 記事によると総キロ数12,487.0キロとある。 これは、今回探索した同時期の最長ルート12,610.7より、123.7キロも短い。 縮刷版に掲載された路線図(図6)は、はっきりしないが、東北地方のルートがあきらかに短いようだ。

    図6 山田平八郎氏の最長ルート
    (出典:「朝日新聞」日曜版、1969年9月14日)

    また、「東海道新幹線に三島駅ができたため、・・・22.6キロ短くなった」という、不可解な記述がある。 首都圏のルートが記されているが、「・・・中央線で甲府、身延線で富士へ出て、あと東海道本線、御殿場線、相模線、横浜線を使って新横浜から新幹線で浜松に行く」とある。 当時新幹線の新富士駅は未開業で三島−静岡間は新在別線でなかった。 したがって沼津-富士間がダブっている。 なお山田氏は、ルートを探索したあと多忙になり、実際に最長片道切符を購入して、旅行することはなかったという。

    『時刻表に強くなる』には、夏攸吾氏が1972年5月から7月にかけて最長片道切符旅行を実行したという記述がある。 また1973年4月9日時点の最長プランを作った桑原広次氏が紹介されている。 これらのルートも、新在同一の旅規の解釈が間違っているそうだ。 夏氏の場合は、東京駅の旅行センターで最長切符の発券を頼んだときに問題となったが、がんばりとおして情状酌量され、認められたらしい。

    古泉栄一氏は、国鉄を退職し、当時日本車輌の技師長を勤められていた方だが、その最長ルートは、小山で交わっている。 これは、間々田から小田林の短絡線を経由して運転されていた「つくばね」が小山駅を通らないので一筆書きの対象としたとのことである。 国鉄の幹部を勤めた人だから運賃計算ルールの基本は解っていたと思うのだが。

    このように初期の最長片道切符の探索者・旅行者たちのルートを検証してみると、必ずしも最長ルートではなかった。 また旅規の解釈に疑義のある発券もなされており、国鉄・JRの対応は、かなりいいかげん(よく言えばフレキシブル)だったようだ。

    最長片道切符の権威−光畑茂氏

    おそらく、厳密に旅規の規定に基づいて計算された最長片道切符のルートを最初に旅行したのは、最長片道切符の権威者といわれている光畑茂氏だろう。 『時刻表に強くなる』には、横浜市大医学部の学生だった光畑氏が1973年夏、枕崎から広尾まで「新幹線抜きの最長ルートを鈍行ばかりで乗りとおしたということだ」と書かれているが、ルートの記載がないので検証できない[3]。 そのかわり、 『時刻表に強くなる』には、光畑氏が作成した1975年6月時点の新幹線を含む最長ルート(営業キロ13,026.0)が示されている。 この距離は、今回探索した1974年湖西線開業時点の13,032.0キロより6.0キロ短い。 この差は、後述する日暮里問題による。

    コンピュータが今ほどポピュラーでなかった時代のルート探索は、結構難しかっただろうと思う。 当時光畑氏がどんな方法でルート探索を行ったか、非常に興味がある。 明治の鉄道創設のころ英国から招聘され時刻改正や臨時列車の運転計画作成をまかされていたW. F.ページは、個室にこもってダイヤグラムを引き、それを時刻表として渡したと伝えられているが、同じようなマジックがあったのだろうか。 現在は船橋で眼科を開業されているらしい、光畑氏に伺いたいところだ。

    宮脇俊三氏は、1978年10月から12月にかけて13,267.2キロの片道切符旅行を行い、『最長片道切符の旅』として書き下ろした。『時刻表2万キロ』の出版で旅行作家として多忙になっていた宮脇氏は、 最長片道切符旅行を、広尾−好摩、好摩−我孫子、我孫子−西船橋−吉祥寺(2日間の連続日帰り)、吉祥寺−敦賀、敦賀−三原、三原−枕崎と、6回に分けて断続的に行った。 そのため、八代で切符の有効期間が切れてしまい、その先の区間は別に乗車券を買って完走した。 そのルート選定には光畑氏が協力したということだが、前述したとおり今回探索したルートと完全に一致した。

    光畑氏は、『旅と鉄道』1996秋号に掲載された「最長片道切符の終着駅」で1982年6月の史上最長の最長ルートを示している。 筆者の探索した距離との差は2.9キロ。 これも後述する、品川−鶴見間を新川崎経由にするか、川崎経由にするかの違いである。 なお、同じ雑誌に掲載された1996年春の最長ルートは、11,454.0キロであり、筆者の探索結果と完全に一致した。

    レールウェーライター種村直樹氏も、1985年の夏、最長片道切符旅行を行った。 それも、竹下町から鵡川という、国鉄バスを含む最長ルートである。 営業キロは鉄道12,102.4キロ(運賃計算キロ12,643.8キロ)、バス5,655.5キロ、航路113.0キロ、運賃計230,450円、有効期間153日の片道乗車券である。 国鉄時代、国鉄バス路線は「自動車線」として鉄道線や航路とともに一本の「国鉄線」として扱われていた。 前後の鉄道路線の営業キロを通算し、自動車線を含めた一枚の片道乗車券が発行されたのである。 民営化以降の合理化によって、JRバスは旅客鉄道会社の子会社に移管され、JR旅客会社直営の自動車路線は残っていない。 したがって現在JRバスを含めた最長片道切符が発売されることはない。

    図7 種村直樹氏の最長ルート
    (出典:『さよなら国鉄 最長片道きっぷの旅』扉)

    種村氏は、光畑氏の協力を得て、高速バスに関する旅規の解釈をめぐる国鉄自動車局とのやり取りの結果、図8の最長経路を確定した。 東名・阪神の高速バスは、昼行便と夜行便を、また夜行便は名古屋、京都、大阪系統をそれぞれ独立したものと考えられるという解釈から、東名・名神を1往復半利用するルートが片道乗車券として認められた。 しかし、これは拡大解釈すぎるという結論がでて、その後は連続乗車券として発券されることになったようだ。 また、あとがきには、読者から「起点を姪浜とすれば、もっと長くなる」と指摘を受けたことが記されている。 有効期間は153日と十分余裕があったのに、88日間で完了した旅行中たびたび経路をショートカットしている。 有効期間が切れた後、新たに残りの区間の乗車券を購入して完走した宮脇氏のように、まじめに取り組んで欲しかった。

    まるよし氏が1992年旅行した最長ルートは、キロの記載がないが、今回探索したルートと一致しているようだ。様似−肥前山口ルートは、特急「スーパー白鳥13号」氏も行ったが新幹線を含まないルートである(2008年に14年前の旅行記がブログに掲載された)。

    脇坂健氏のウェブページにも距離が明示されていない。 本州ルートは、種村氏の『鉄道旅行術』を参照したというから、光畑氏探索のルートであろう。 九州で新在別線の解釈に立つ独自のルートを採用したところが、筆者が今回探索した経路と異なる。

    数学的に証明可能な最長ルート−葛西隆也氏

    2000年1月、当時東大大学院生であった葛西隆也氏は、整数計画法と全探索という、これが最長であることを数学的に証明できる方法でJRの最長片道切符の経路を求めた。 葛西氏が探索し、2000年7-8月友人たちの寄付で実乗したルートは、小倉−博多間が新在別線の解釈で乗車券が発売されたこと(同一線扱いに比べ営業キロが44.1キロ長い)及び運賃計算キロ最長をめざしたため相生−東岡山間を赤穂線経由にしたこと(営業キロでは3.2キロ短い)が今回探索した当時の営業キロ最長ルートと異なっている。

    takasato氏が2001年旅行したルートも、九州の新幹線絡みのルートは葛西氏と同じである。 葛西氏との差は、その後飯田線がルート変更で短縮されたこと(-0.1キロ)、相生−東岡山間を営業キロが長い山陽線経由としたこと(+3.2キロ)と、当時70条特定区間に含まれていた天王寺−大阪−京橋間を実乗車キロで計算したこと(+8.7キロ)である。 最長ルートは、大阪環状線を通過した後、70条特定区間内の尼崎をかすめるので、二度通過として実乗距離で発券が認められたものらしい(ただし運賃は同額)。 ウェブにある乗車券のスキャン画像には、発売駅がぼかされている。

    NHK放映で脚光を浴びる

    関口知宏氏は、NHKが2004年5月6日からBSで放映した「列島縦断 鉄道12000キロの旅−最長片道切符でゆく42日−」で最長片道切符を完走した。 このルート選定には、葛西氏が関与しており、ルートは、氏のサイトの[付録2-1]2004年3月版(経路編)に示されている。 このルートは、小倉−博多間を新在同一扱いで発券しているが、運賃計算キロ最長としたため、相生−東岡山間を赤穂線経由としている。 NHKが取り上げたことにより、一部の乗り鉄にしか知られていなかった最長片道切符の旅が一躍脚光を浴び、その後多くの挑戦者が現れたようだ。

    OLみつ子さんは、ウェブで探した限り女性で唯一の最長片道切符完走者のようである。キロが示されておらず、旅行記もまだ完成していないので、ルートの全貌がつかめないが、NHKで放映されたあとの旅行なので、ルートは一致していると思われる。

    『最長片道切符11195.7キロ』の原口隆行氏は60代後半で最長片道切符旅行を行った。 肥前山口駅の「JR最長片道切符の旅ゴール」標識の写真説明(p359)に、「稚内を発つとき、今年に入って5、6人は旅立ったと聞いたが、ここ肥前山口駅では、首を傾げていた。どうやら途中でほとんど断念してしまったものらしい。改めて結構大変なことなのだと思った。」とある。 おそらく最年長の完走者で、この記録は誰かが意図的に行なわないと破られないだろう。 なお、書名にある11195.7キロは実乗距離で、森・大沼間と岩国・櫛ヶ浜間の二つの経路特定区間の営業キロを短絡ルートで計算すると11161.2キロとなり、筆者の探索したルート及びキロと一致している。

    原口氏に先立って完走した匿名氏は、「学生生活の最後に一つの旅をしたい」と最長片道切符旅行を行った。 ウェブにキロが記載されていないが、ルートは原口氏と一致している。 しかし、名古屋駅発行の乗車券に記載された運賃71,980円、有効期間59日は疑問である。 葛西氏が氏の運賃計算ソフトで計算した2004年3月版最長ルートの運賃と有効期間は、90,820円、57日。原口氏が南船橋駅で発券した乗車券は、ジパング倶楽部の30%割引で63,570円(無割引では90,820円)、有効期間57日でこれと一致する(葛西氏は、運賃計算キロ最長としたため、相生・東岡山間を赤穂線経由としているが、運賃と有効期間は営業キロ最長ルートと変わらない)。 匿名氏が学割で購入したとしたら、72,560円のはずである。

    999earr氏の最長片道切符旅行「迂路迂路西遊記」は完結していないが、32日間で完走したようだ。s.fukasawa氏によると、肥前山口駅には、「ようこそ江北町へ JR最長片道切符の旅ゴール 肥前山口駅」と記された横断幕が掲げられていたとのことである。これまでに何人が完走したのだろうか。


    日暮里・鶴見問題

    問題の所在

    近藤英明氏が「1961年の東大旅研最長片道切符旅行は最長ではなかった?」を発表したあと、氏の掲示板で、近藤氏のルートは、尾久経由の路線にホームのない日暮里で田端方面に乗り換えることができず、尾久発着以外は日暮里・上野間の区間外乗車も明記されていないので、片道乗車券として発券されないとの議論があった。 これは、近藤氏により、次のようにまとめられている。
    なお、今回計算したルートは、赤羽-尾久-日暮里-田端を通過している。 尾久を通る東北本線は日暮里に停車しないことから、日暮里から田端へ折り返すのを不可とする意見もあり、掲示板でも問題となったが、「旅客営業規則」、またその細則である「旅客営業取扱基準規程」によれば、この片道切符の発行を制限する規定がないことから、今回計算したルートでも片道切符が発行されるという見解を、ここでは採用した。 ただし、赤羽-尾久-日暮里-田端と通過する際の日暮里-上野の区間外乗車についての規定が「旅客営業規則」「旅客営業取扱基準規程」に明示されていないため、片道切符が発行されても単独では使用できない(例えば、日暮里-上野の往復乗車券を併用すれば使用可)、ということになるようである。
    この乗車券面の接続駅で乗り継ぐことができず、同駅から分岐する区間の区間外乗車が認められないときは最長ルートとしないという考え方は、光畑茂氏による最長ルートの紹介の際、しばしば見うけられる。 清水晶『時刻表に強くなる』には、光畑氏作成の1974年湖西線開業時点の最長ルート(営業キロ13,026.0)が示されているが、筆者が今回探索した13,032.0キロより6.0キロ短い。 この差は、筆者の「新宿−池袋−田端−赤羽−尾久−日暮里−新松戸」というルートに対し、光畑氏が「新宿−池袋−赤羽−田端−日暮里−新松戸」というルートを取ったためである。 同書にはその理由として、次のように書かれている。
    赤羽−日暮里間を尾久経由にすれば、その前の池袋−赤羽間を田端経由とすることができて、六・〇キロ距離を伸ばせるが、尾久経由の列車は上野まで行ってしまうので、上野から引っ返すとその区間だけが重複になる(尾久発着の乗車券に限っては、日暮里−上野間の重複が許されるが、それは尾久発着の場合だけである)
    1978年の宮脇氏のルートは、光畑氏の経路を参照したようだが、前述したとおり今回探索したルートと完全に一致した。 宮脇氏は、光畑氏が採用しなかった前記のルート(その後逆コースとなって「新松戸−日暮里−尾久−赤羽−田端−池袋−新宿」)を取っている。 『最長片道切符の旅』では、このルート選定の説明に3ページあまりを費やしている。その趣旨は次のとおりである。 かなり説得力のある論理展開をしているが、それでも明文規定とは異なった解釈である[4]

    光畑氏は、『旅と鉄道』1996年秋号の「最長片道切符の終着駅」で1982年6月の史上最長の最長ルート示したが、ここでは宮脇氏の上記解釈を認めたのか(または上記解釈は光畑氏の見解変更を反映したものだったのか)、「新宿−池袋−田端−赤羽−尾久−日暮里−新松戸」ルートを採用している。

    ところが、1980年の品鶴線の旅客営業開始によって問題は、鶴見に飛び火した。 宮脇氏は、文庫版『最長片道切符の旅』のあとがきに

    品川-新川崎-鶴見(通称・新横須賀線)の開業によって、線路図の上では迂回が可能に見えるが、横須賀線は鶴見に停車しない(ホームがない)ので、鶴見乗換えの通し切符は発売されない。
    と書いている。日暮里問題についての緻密な論理構成と比べて、 「ホームがないので」というのは非常に短絡した理由だが、この区間を新川崎経由としないのは、やはり光畑氏の考えである。 種村直樹『鉄道旅行術』(日本交通公社出版事業局、1981年6月、改訂9版)には、光畑氏の新幹線を利用しない最長ルートが紹介されており、「鶴見線浅野方面から鶴見−横浜間を飛び出し乗車して新川崎経由品川方面へ行く特例が認められていない(新川崎駅までは特例あり)ため、川崎経由のままとした」という注記がある[5]

    旅規の規定

    接続駅で乗り継ぐことができず、乗り継ぎのための区間外乗車が認められていないときには、片道乗車券を発売しないという規定は、旅規に存在しない。 区間外乗車が認められようが、認められまいが、このような乗車券が片道乗車券として発売できることは、旅規の規定から明らかである。

    旅規26条1号は、

    と規定している。この「普通旅客運賃計算経路の連続した区間」については、次の条項に規定されている。

    (旅客運賃・料金計算上の経路等)
    第67条 旅客運賃・料金は、旅客の実際乗車船する経路及び発着の順序によつて計算する。

    (鉄道の旅客運賃・料金計算上の営業キロ等の計算方)
    第68条 営業キロ又は擬制キロを使用して旅客運賃を計算する場合は、別に定める場合を除いて、次の各号により営業キロ又は擬制キロを通算して計算する。
    (1) 鉄道区間の営業キロ又は擬制キロは、鉄道が同ー方向に連続する場合に限り、これを通算する。
    (2号省略)

    また26条1号の、「第68条第4項の規定」とは、

    (1) 鉄道・航路を通じた計算経路が環状線1周となる場合は、環状線1周となる駅の前後の区間の鉄道の営業キロ、擬制キロ又は運賃計算キロを打ち切って計算する。
    (2) 鉄道・航路を通じた計算経路の一部若しくは全部が復乗となる場合は、折返しとなる駅の前後の区間の鉄道の営業キロ、擬制キロ又は運賃計算キロを打ち切つて計算する。

    というものである。したがって、国鉄・JRグループの片道乗車券は、

    という条件を満たす任意の駅間・経路に対して発売される。

    ホームはないが、日暮里駅、鶴見駅はそれぞれ、東北本線の支線(日暮里・尾久・赤羽間)の起点駅、東海道本線の支線(品川・新川崎・鶴見間)の終点駅として存在する。 尾久・日暮里・田端間、尾久・日暮里・三河島間や新川崎・鶴見・国道間は、「鉄道が同ー方向に連続(旅規68条1項1号)」している「運賃計算経路の連続した区間(旅規26条1号)」である。 運賃の通算が打ち切られる「計算経路が環状線1周となる場合(旅規68条4項1号)」、「計算経路の一部若しくは全部が復乗となる場合(旅規68条4項2号)」に該当しないから、片道乗車券の発売要件を満たす。 尾久発田端行や新川崎発国道行の乗車券が片道乗車券として発売されることについては、誰も異論がないだろう。1961年当時の最長片道切符のルートは、片道乗車券として発売される尾久・日暮里・田端間を赤羽方面と駒込方面に、1980年の最長ルートは、同じく新川崎・鶴見・国道間を品川方面と鶴見小野方面にそれぞれ延長したものであり、これらの最長ルートは片道乗車券の要件を満たす。

    尾久・田端間や新川崎・国道間という片道乗車券が発売されるからこそ、基準規程149条で日暮里・上野間、鶴見・横浜間の区間外乗車を認め、旅客の便宜を図っているのだ。 区間外乗車が認められているから、片道乗車券として発売されるのではない。したがって、券面上の分岐駅からの区間外乗車が認められないからという理由で、これらの片道乗車券として発売可能な区間を経路に含む最長片道切符が発売されないことはない。

    新川崎・国道間を経路に含む、鶴見・横浜間の区間外乗車が認められない乗車券で、「新川崎−横浜−鶴見−国道」と乗車する場合は、67条の「旅客運賃・料金は、旅客の実際乗車船する経路及び発着の順序によつて計算する」に基づいて、「・・・(新川崎)横浜」間と「横浜(国道)・・・」間の連続乗車券を購入すべきであるという意見がある。 しかし、この区間を乗車するためには、新川崎・国道間を経路に含む片道乗車券と鶴見・横浜間の往復乗車券を併用することも可能であり[6]、どちらを選択するかは旅客の任意である。 さらに、旅規247条2項では、「乗車券に表示された発着区間内の未使用区間の駅を発駅として、当該駅から分岐する他の区間を別途に乗車船する場合」は、「別途乗車として、その区間に対する相当の旅客運賃を収受して取り扱う」ことになっており、あらかじめ往復乗車券を用意しなくても、車内精算でこの区間の往復運賃を払えば問題ない。 これらの場合、旅客は新川崎・国道間を経路に含む片道乗車券を、67条の規定どおり「実際乗車船する経路及び発着の順序」で使用している。 したがって、鶴見で新川崎方面から鶴見線に乗り継ぐ最長片道切符を使用中に鶴見・横浜間を別途乗車することは、旅規の条項に照らしてまったく問題ない。

    乗車券の経路上の接続駅で乗り継ぐことができず、同駅から分岐する区間の区間外乗車が認められないときは最長片道切符のルートとして認めないという議論が、宮脇氏が書いたように「ホームがない駅で乗換える通し切符は発売されない」という理由ではなく、「他の乗車券と併用したり、別途乗車の扱いをせずに、最長片道切符単独で乗車券の経路を乗車することができないのでは、最長片道切符として適格性を欠く」という理由であれば理解できる。 どちらかといえば、実乗距離の最長を目指す立場に近い[7]

    しかし乗車券として記録に残る券面距離最長ルートを目指す立場からは、区間外乗車が認められないときは、乗車券を併用しまたは別途乗車の扱いによって、片道乗車券として発売される最長のルートを採用すべきである。 筆者は、特急「あすか」が運転されていた時代の杉本町を含めて、乗り継ぎ駅からの区間外乗車が認められていないケースでも、その駅で乗り継ぐ最長ルートを解とした。 なお、現在の最長ルートは日暮里と鶴見を通過しており、日暮里・鶴見問題は存在しない。


    [1] 最長片道切符における小倉・博多間の問題については、「新幹線と在来線−同一路線扱いの虚構と矛盾」の「新下関・博多間の特例」の項で詳しく述べている。
    [2] 旅行記には、券面最長を目指した理由が次のとおり書かれている。
    「・・・細かく計算してみたところ、品川を通るコースの方が、新宿から入るコースより、実際に乗れる区間が長くなるが、切符の上では短くなることがわかった。 そこで我々は、議論の末、後に残る、いわゆる券面の距離を取ることにして、新宿から入るコースを採用した。 これは、国鉄の航路のキロ数が、実長とはちがうことから、実際に乗った区間の最長ということは意味がなく、制度上の最長の方が意味あるように思えたからだった。」
    [3] 種村直樹『さよなら国鉄 最長片道きっぷの旅』には、光畑氏が実行した新幹線を含まない最長片道切符の距離は12,545.9キロと書かれている。
    [4] この解釈は、1961年時点の最長ルート「赤羽-尾久-日暮里-田端」には適用できない。 149条2号の援用は、日暮里で三河島以遠に(から)乗り継ぐ場合に限られるからである。 しかし、近藤氏の掲示板では、「赤羽-尾久-日暮里-田端」についても慣習として、またはローカルルールとして区間外乗車が認められていたという議論があった。
    [5] 品川−鶴見間は、2004/03/13の旅規改訂で、69条特定区間となったので、現在は新川崎経由でも運賃は川崎経由で計算される。当時は70条特定区間に含まれていたが、最長ルートは同特定区間を2回通過するので、新川崎経由の距離で運賃計算できたのである。 なお、「JR旅客制度特例の変遷」に書いたように、1997年6月及び2000年11月時点には、新川崎以遠についても区間外乗車が認められていたが、その後再び新川崎駅又は西大井駅発着に限定された。
    [6] 旅規には乗車券の併用について直接規定した条項はないが、第157条(選択乗車)に「併用となるものを含む」という注記があるように、認められている。
    [7] ケースは異なるが、同様の考え方が脇坂健氏のウェブページに示されている。 氏は、九州で新幹線と在来線を別線扱いとしながら、葛西氏のルートよりも短い独自のルートを採用した理由として、次のように述べている。
    「(葛西氏のルートの最長片道切符は)発券できるとはいうものの、これでは、一部区間(筆者注:博多・吉塚間)を復乗しなければ乗れない「片道切符」になってしまいます。JRの規則上「片道乗車券にできる」というだけであって、「これが“最長片道切符”だ」と胸を張って見せるには、抵抗を強く感じます。 規則上認められているとはいえ、折り返“さねばならない”片道乗車券は、「片道切符」と擬制することはできるにせよ、同一扱いすることには無理があると考えます。」

    改訂履歴
    2006/06/13: 表1の駅名・線名表示を当時の駅名・線名に統一、改称時期を記載。 英語ページThe Longest One-way Ticketに、最長ルートの変遷を記載したのに伴い、路線図の駅名を日英表示として共通化。 路線図の誤りを訂正。 「東大旅研の最長ルート」に実乗最長ルート(最長ルートと同一距離)の路線図を掲載して、追記
    2006/06/23: 表1の1973年4月1日から1977年12月11日までのキロの誤りを訂正(東日本ブロックが6.2キロ過剰に計上されていた)
    2006/06/25: 最長ルート探索の系譜」を掲載。 「東大旅研の最長ルート」をこの章に位置付け、プラン・旅行記がマスコミ・ウェブに掲載された最長ルートを検証
    2006/07/13: 脇坂健氏のサイトの新しいURLが判明し、「最長ルート探索の系譜」に加筆
    2006/07/26: 日暮里・鶴見問題」を掲載、関連した記述をこの章にまとめて詳述。仁堀航路廃止後の中国地方の実乗最長ルートと券面最長ルートの差異を詳述。脚注を新設
    2006/08/01: 日暮里・鶴見問題」の論点を整理して、加筆。脚注の付番違いを訂正
    2006/08/03: 日暮里・鶴見問題」の論点を補強し、さらに加筆
    2006/11/06: 目次を設置。表1にルート変遷の解説及び路線図へのリンクを設定
    2006/12/29: 表7の関口氏の旅行日の誤りを訂正。まるよし氏(1992年の完走者)からメールを頂き、名前をハンドルネームに、リンク先とあわせて変更
    2006/12/31: 1987年3月30日の羽幌線廃止から89年5月1日の天北線廃止まで、北海道のルートに誤りがあり、これを訂正した。Excelで最長ルートを求める際、タイプPは循環部を1本に伸ばしてタイプLに変換してソルバーにかけていたが、「名寄−南稚内−音威子府」の枝が抜けていた。メールでこの誤りをご指摘いただいた、まるよし氏に感謝します。
    2007/05/03: 2007年3月18日の和歌山線改キロにより、最長ルートの距離が0.4キロ短縮となった。 表1表2表5−2及び別表を更新。タイトルを「最長片道切符ルートの変遷1961-2007」に変更
    2007/06/30: 冒頭の最長ルートの方向の部分を加筆し、最長片道ルートが一方向だけとなった1987年3月30日以降の出発駅及び終着駅を表1に表示。まるよし氏のリンク先のURLを変更
    2007/11/16: 表1及び「最長ルートの変遷」に、2000年3月11日の仙石線改キロについて追記(読者の方よりメールでご指摘を受けました)
    2008/03/10: 2008年3月15日のおおさか東線開業による更新。最長ルート及び距離に変化はなかったが、表2表5−2及び別表に追記した。
    2008/08/14: 最長ルート探索の系譜」に原口隆行氏ほかの最長片道切符旅行について追記し、再構成。
    2009/01/31: 「最長ルート探索の系譜」を「最長ルート探索・旅行の系譜」に変更。新規完走者を追加。

    初出 2006/05/20
    最終更新 2009/01/31
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